真鍮


昔アルバイトしていた店の内装は、全体的に薄暗く黒系の渋めな雰囲気で、それが十数年の月日を経ていい感じに劣化しているのが好ましくてけっこう好きだったのだが、とくに心惹かれていたのは、入り口ドア上および窓上の庇に用いられた真鍮という素材であった。金属質の中庸な魅力というのか、とくにとりたててここが良いと強く主張したいわけでもないが、なんとなくいいよねと思える風味というか、色合いというか、そのような質感が、真鍮にはある。大きめの板となって鋲打ちされて嵌っているその平面の感じが、その中途半端な、かすかな起伏を厚みのうちに含んだ平べったさの表出がとてもいい。そこに、光が反射すると、均質とも言えないが変化に富んでいるとも言えない、面白いともつまらないとも言えない、ほぼ何でもないまっ平らな平面があらわれる。それが庇の形に沿って上部がアールを描きながら湾曲して壁に付く。開店前に窓ガラスを拭きながら、空の色を鈍く反射するその様子を見ていた。記憶にあるのはいつも白い曇天の鈍い光と、吸い込むと肺腑まですっきりするような冷たい空気だ。そんなはずはない、あれだけ車の通りが激しい、排気ガスの充満したような、けして歩行者にとって快適とは言えない通りだったのに。でもなぜか、そういう記憶として存在している大昔の何十日か何百日分の朝だ。