失踪日記

吾妻ひでお失踪日記」を再読する。いつ読んでも、すごすぎてものが言えなくなる一冊だが、何を差し置いてもまず、その絵が圧倒的で、その言い方で正しいのかわからないけど、フォーマリズムの強みというのか、形式というものの傍若無人性というのか、この作品が、この形式で完成されている事実には、言葉をなくさせるようなものがある。酸鼻のきわみみたいなえげつない話がソフトな絵柄で表現されているから読みやすくなってるとか、そんな事ではまったくないのだけれども、しかしなぜそんな話ではない領域にこの作品が達しているのか、それをうまく言おうとしても難しい。これは最初からこうだったのだろうとしか思えない。でもそんなはずないでしょ、とも当然思う。これをこの形式にのって体験するしかないところに、うちのめされるしかない、という感じなのだ。マンガという表現の歴史の厚みというのがきっとあって、僕はそのあたりを知らないのだけれども、表情とか歩くとか毛布にくるまって寝るとか、作画のあらかじめ非常に強く定まった記号的な約束があって、そういった大枠の踏襲と少しの逸脱で構成される、マンガは元々とても形式性の強いジャンルだとは感じられるのだが、しかしそれにしても「失踪日記」はきわめて保守的なスタイルでありながら、結果として、こんなことになってしまうだなんて。その結果に、皆が唖然としているような、青ざめた顔で黙っているような、軽はずみな一言二言をつつしまずにはいられないような、そういうヤバい感じが漂う。そして五分に一度くらい、五秒間ほど笑ってしまう。