赤西蠣太

志賀直哉の短編「赤西蠣太」を読んでいた。赤西蠣太という風采の上がらない、パッとしたところのない武士と、銀鮫鱒次郎という、蠣太とはまた反対の性格と外貌をもつ武士がいて、しかし二人はなぜか仲良しで、しかも二人して何やら内密の文書を作っているらしい。その文書を書き上げると、蠣太は仕え先の家を辞去しなければいけないのだが、そのための上手い口実が無いので、仕方なく家のなかで一番の美女である小江に恋文を書いて、それは当然当人からは拒まれそれを知った家中からも笑いものになるだろうから、それで恥をかいて到底ここにはいられなくなるという体を装って家を辞去すれば良いと、鱒次郎のアドバイスも受けつつそのように計画する。ところが恋文を受けた小江の反応は予想外のもので…。とはいえ遂げるべき仕事である以上、割り切った蠣太は予定の通り「恥をかいた」体で、その家を去る。

なぜかすごくわかりにくい書き方がされているように思われて、蠣太と鱒次郎の企みや、彼らの仲良さの内実にほぼ説明がなく、でもそれがかえっていい味を出してる感があり、小江への想いをふりきって蠣太が姿を消すところも、そのあとの淡々とした終わりまでの流れも、鱒次郎のその後も、なんともいえない味わい深さに思ったのだが、読み終わってよくよく調べたら、「伊達騒動」という江戸時代の有名なお家騒動をモチーフにした話なのだとはじめて知った。読者はそれを知って読むのを前提の書き方がされているのだ。道理でわかりにくいと思った。

これにかぎらず、志賀直哉の短編には「これは物語である」という自覚が強いというか、子供が母親から聞く昔ばなしのような、温かみと残酷さが共存しているかのような手触りが感じられると思う。