「山の音」


山の音 [DVD]


原節子の鼻はでかい。とにかくでかい。。と思うのだが、まあそれはともかく、山村聰演じる男にとって、あんまりややこしい事を考えずに、純粋に愛情を注げる相手としての原節子が居て、でもすごい訳のわからないいろんな妖怪みたいなマンガみたいな人々があいだに色々出てくるんだけど、やっぱり山村聰は原さんを見ると、なおもちょっと嬉しくて、最高の笑顔を見せる事ができる自分に満足もできて、最後は素敵な別れのシーンを演じる事ができるという感じで、全体を通じてきっちり計算ずくな感じがすごく良くて、ちょっと、かなり良かった。こういう風な、きっちり下地を作ってそのうえで女を不幸な前にあわせる的なノリに腕を振るうのが、日本のある種の伝統なのだろう。で、それを暗黙のうちにわかってる女というのだけが持つ色気っていうのがあるのかもしれないが、まあ僕はよくはわかりませんが…。でも原節子は、そういうのを感じているような居ないようなフリで、むしろああいう笑っちゃうくらいのイノセントキャラしか出来ないっていう事で、結局そこに殉じた女優なのだろうなあとも思う。(実際はタバコを吸いつつ陽気に笑うような人だったらしいが…。)


最初のほうで、出戻り娘と、その娘と、原さんと、旦那と、お父さんとお母さんと、それらが部屋と縁側にかけて、近景〜遠景を適切に抑えた格好で絶妙な配置で点在していて、会話が交差するごとにカメラが切り返しを繰り返していって、まるで星座の座標をいちいち確認するかのように、いろんな人のいろんな正面を繰り返し続けるシーンがあって、それが話されてる内容の粘ついた臭みとまったく無縁にスピード感を増す瞬間がすごい感動的だ。…その後も、異なる問題を抱えた異なる人々が、日本家屋のあらゆる隙間から、まるで幽霊の如く出ては消えていくのがとても素晴らしい。


で、最期、あの恐ろしく見晴らしの良い公園に来て、この映画を終わらせるための別れのシーンな訳だが、唐突感すら感じさせるあのカタカナ言葉も、すごく気が利いていて良い。


あと、なんとなく思うのが、余りにも漫画的悪役の上原謙なのだが、ああいう悪人というのが、実は現実に居るのかなあ?という考えをなぜか引きずってしまった。で、もああいう極悪人的人物が現実に存在可能なのであれば、そういう悪役が存在可能な世の中って何だろう?とも思った。…「山の音」は1954年。まだ敗戦のショックが多少なりともあったのだろうか?でもあれだけ裕福な家庭のお坊ちゃんが、そういうのに影響されるだろうか?単に、手当たり次第なだけか?でも今はどうか?あんな悪は、今、可能か?そういう役が可能な俳優って、今もいるだろうか??