「犬猫」


犬猫 [DVD]


CSにて観る。数年前DVDになったときも観てるからこれで二回目か。映画の途中、何度か二人が並ぶシーンがあって、ベランダで爪を切るときとか、白いワンピースを榎本にプレゼントするシーンとか、そういうのである親密さとかが描かれて、それらひとつひとつはとても素晴らしいエピソードなのだがそれとは別に、というか却ってなるべくそういうのが無い方がいいなあと、なぜかどこかで感じながら観ていた。親しみというか、関係みたいなものが感じられる演出が無ければ無いほど良いのになあ、という妙な拘り感が自分の中に意識されてる感じ。犬の散歩を頼まれた家に辿りつくまで、手書きの地図を見ながらの道の迷い方がまったく同一であるというシーンの反復とか、犬に引っ張られて二人とも同じように土手で転ぶシーンの反復とかも、なんとなく、特にそこまではっきりやらなくてもいいかもなあと思いながら観た。まあ榎本加奈子の転び方はナイスであったが。


何度かふたりの顔が結構でかくクローズアップになったりもするのだが、そのとき榎本加奈子も勿論キレイな女性なので、すごい残酷な美人とブスの差異みたいな決定的な違いが実は無いという事が、若干気になってしまう。かつ、この二人は二人とも、お互いに配慮しつつちゃんと理性的に共同生活できるくらいはクールで、お互いを不愉快にさせたりする不用意さもなく、二人ともちゃんと頭が良い。要するにこの後のちょっとした事件というのが、性格とか考え方の違いに拠る要因であって、そういうので幸福や不幸がたまたま決まってしまったように見えてしまう。本当はもっと残酷な話の筈だ。


ブチ切れた榎本加奈子が衝動的に西島秀俊の家に行き、そこで軽く誘惑を試みつつそれも玉砕し、もうヤケ糞の開き直りモードで挙句の果てに「ねえなんでアタシじゃだめだったのかな?」と聞くシーンがあるが、人間、それだけは面と向かって聞いてはいけないセリフであって、なんで人を殺してはいけないのか?の質問にそんな事質問するなバーカと答えるしか無いのと同様、西島は答えるべきではないのだが、しかし西島のあの「そんな事云われてもねえ」と困惑する感じの、あまりにも堂々と「困惑する権利」を行使してる偉そうな態度をみたら誰だって頭に来るだろうなとも思う。


ちなみに忍成修吾の受身も実に素晴らしく、藤田陽子に「帰るー?」と聞かれて「え?あ、はい、どっちでもいいっすけど」とか云って軽くがっかりしてる感じとか、要するにこういう人こそがこの世では常に正しいのであって、榎本加奈子は必ず負ける事が宿命付けられている犠牲者なのである(大げさ)


だから榎本加奈子は本当はもっともっと可哀想なので(行きのバスで超キモイ奴に話しかけられてるのとかも、あの瞬間はシーンとして良いけど、あれでもっと悲惨度が加わらなきゃ駄目なのだ。。)だからこの映画でもっとも素晴らしい瞬間というのは、家に帰ってきてから「アタシ古田と寝たよ」と嘘をついて藤田陽子からワインをビッ!とかけられる瞬間で、せっかくもらった白いワンピースさえ汚れたろうけど、それでも榎本加奈子はおそらく最悪の後味の悪さの中で最高の復讐をし遂げた事の爽快さを味わいつくしていたろう。あれは、そういう顔だった。「畜生やってやったぜ!」という、圧倒的な後悔とか罪悪感とセットの、最高に甘美な瞬間。


で、この映画が更に素晴らしいのは、その決定的な仲違い直後、今まで緩慢でしかなかった藤田陽子が今までの3倍のスピード感で動き出し、走り、人をぶん殴る展開で(普段は温厚なのに、ある怒りで頭に血が上って状況判断もできぬまま移動している女性って最高に素敵だ。見応えがある。これは現実でも同様だ。人を怒らせると、やべー!と思うと同時に、怒りの只中に居る相手をある種のあこがれと共に見つめてしまうところがある)、で、その後、結局何ができる訳でもなく、また仇敵の居る家のその部屋まで戻ってきて、その相手の傍らに布団を敷いて寝る事しかできないという一連の流れである。貧しさであるとか、ライフスタイルであるとか、そういうものが非常事態における行動の選択肢を著しく狭めるのだ。(絶交できる訳でもないし別々の暮らしができる訳でもない)でも、だからこそ、この関係は強固なのだ。壊れようが無い。仲良くやって行くより他、術がないのだという、あのフテ寝する藤田と傍らの榎本のシーンには、そういう妙な感動がある。(こういうのはやっぱ若い人の方がすごい。関係とか、もう最初から修復が前提で作られている。それくらい柔軟で完成度が高いのだ。)


ラスト近くの、犬を散歩中の土手で、榎本加奈子が手の包帯を取るシーンが素晴らしい。包帯が取られた手は治癒している。自分の手を何度か見る榎本。久々に大気に晒されたその手に、冷たく新鮮な風があたっているのが感じられる。やがて上を見上げる。それだけで、その手に雨が当たったのだという事が観る者にわかる。雲が広がり、薄暗さがあたりを覆う。同じ頃、洗濯されて干されたワンピースは、雨に気付いた藤田によって取り込まれている。猫が空を見ている。