赤い電車


朝起きたら、先週までの不安定な空模様が嘘のような、猛烈な夏の日差しがぶりかえしていて、夏が終わったわけではないのか?先週までの事は無かったことなの?やれやれ…と思う。


打ち合わせが終わって客先を昼前に退出し、昼食をとれる店を探しながら歩く。このあたりは普段訪れる事もめったにないし、自分の行動テリトリーとはまるで縁もゆかりもない場所で、だから町並みの様子も駅の佇まいも列車の外観も目に映るすべてが未知の新鮮さで、自分の中にまるで旅行に来ているかのような浮き足だった気分が少しあるようだ。食事をすませた後、自分の会社へ戻るために駅へ向かう。京急本線。品川行の各駅停車に乗り込んだら、身体中の汗と熱が冷房の効いた車内の空気で一気に冷却されて、まさに生き返る思いがした。昼下がりの車内はがらがらで乗客はまばらで、僕は誰も座ってない7人がけの座席を独り占めするかのようにまずずっしりと重い手提げ鞄を置いて、そのかたわらに歩いてる間中ずーっと手に持っていたスーツの上着を、ふたつに折り返した状態のままでやはり置いて、あとさっきまで何度も何度も汗を拭いていたハンカチを、一旦広げてある程度きれいにたたみ直してから上着の上にのせて、最後に自分が、座席の端の手すりにもたれかかるるように、よいしょと腰を下ろして、体に貼り付いてるズボンやシャツの生地をところどころつまみ上げて、内にこもってる熱気を払い、思わずふーっと小さく息を吐き、かたわらの手荷物を少しこちらに引き寄せて、それでしばらくぼーっと車内を何を見るともなく見回していた。


車内のブラインドの隙間や窓からは、強い日差しが片側斜めに差し込んできており、流れゆく窓からの景色はまさに夏の白昼という感じでどこまで行っても熱気と光の充溢がすごい。天井に等間隔に設置されている扇風機が、ややぎこちない様子でそれぞればらばらの動きで、ゆっくりと首を振っているので、ぬるい風がときおりこちらにもそよいでくる。汗ばんだ皮膚の表面をなめるかのような風が、僕のいる場所を通り過ぎていき、そのとき僕から見て斜め前方の座席に、若い感じの薄着の格好をした女の子が姿勢良く座っていたのだが、扇風機から送られて来る風はやがて、その女の子の栗色の髪や、ひらひらしたシャツの襟元や袖を、軽くなびかせて、かすかにはためかせて、スカートの薄いすその部分が、まるでクラゲが浮かび上がるようにふわっとめくれて、覆われていたひざの上のあたりまでが一瞬だけあらわれ、しかししばらくするとまた、スカートのすそはゆっくりと熱を奪われた気球のように重力に負けて沈みはじめ、やがて、すそらしいかたちに戻って元のように、ひざ元を覆った。それをそのときは見ていた。


僕がいる場所と同じ側の、左手の向こう側の座席に座っている、大きなツバの帽子をかぶって薄い色のサングラスをした痩せた感じのおばさんが、顎を突き出すかのような格好で上にぶら下がってる中吊り広告を見ていて、手に持った扇子でひたすら、自分の首もとをあおいでいて、そのはたはたと動く扇子の、せわしない動きが、視界の片隅で白が明滅している、かのように見えた、かのように思えた。