眠り

電車の座席に座っている若い男性、でかいスーツケースを足の間に挟んで、がっくりと首を前に倒して眠っている。両手で取っ手を押さえているので、まるで何かに向かって祈りを捧げているような格好だ。Tシャツを着た上半身はせわしなく前後に移動して、体勢が崩れそうになるのをかろうじて抑えている。二の腕や背中の筋肉が、小刻みに動くのがわかる。電車が揺れるたびに、まるで振り子人形のように、ガックンガックンと上半身を前後に揺さぶり続ける。その様子は、緩めのヘッドバンギングと云いたいほどの勢いがあってかなりの迫力。そこまでして眠れるものかとおどろくほど。これほど躍動的な眠りがあるものか、いや若い人の眠りとは、むしろこういうものなのだと思う。眠りと死は、ぜんぜん違う。あの屈強な身体をねじふせてしまうほどの力が、死であるわけがない。眠りはそれ自体で力だ、力というよりも、欲望といった方が近いか。

 

何年か前に、会社で僕の隣の席にいた二十代の女性が、お昼休みに机に突っ伏して眠っていて、それが午後になっても目を覚まさずに眠り続けていたので、仕方なく肩を叩いて起こしてあげたことがあったのだが、目覚めの瞬間のその子の様子が・・・。どろりとして、のっそりと目を上げて・・・あれもまさに、若かった、若い生き物の目覚めだった。匂い立つような、むせかえるようなものがあった。そんなことを思い出した。