若者にように眠れ


最近は毎日大体、5時間〜5時間半くらい眠るような感じで、それ以下の睡眠だと翌日の日中が微妙にしんどいし、それ以上の睡眠時間を確保するには生活をもっと変えないといけない。なので、そういう睡眠時間のサイクルを繰り返している。でも先日はたまたま少し早めに寝たら、翌朝いつもより少し早めに目覚めた。その時点でその日は約8時間くらい寝てた事になった。おぉー久々によく寝たなあと思って、そのまましばらくまどろんでいたら、そのうちまた意識がなくなって寝てしまい、その後また起きた。最初の目覚めから30分ほど経過していたが、それでもまだ、いつも目覚める時間よりも早かったのだが、それでそのときの、二度寝してしまった30分くらいの睡眠が、今まで本当に久しく経験していなかったような、とても深い眠りだったように思い返されてまた再び驚いた。いつもだと、寝ていても朝方だと何となくもう半分覚醒してるような、周囲の物音とかも大体わかっているのに未だ寝てるみたいな、そういう状態である事が多いが、この30分は見事に死んでいて、その間が何もなかった。だからおぉーこれは深かった、と思って驚いた。


思えば、若い頃(時間だけはやたらとあった頃)は、こういう睡眠は日常茶飯事であった。寝ている時間だけが丸ごと欠落するようなたぐいの眠りであった。最近はそういう眠りがない。欠落など起こりようもなく、その意味ではむしろずーっと起きてるのに近いかもしれない。(もちろん生物学的にはそれだと死んでしまうので毎日寝ているのだが、あくまでも生物学的にだけ寝ている)


ところで、上記の事を書いていたらふと、昔の事を思い出した。


まだ学生の頃、たぶん何かの催しの当日朝の事だと思われる。前日の夜から徹夜で一緒に作業していた同学年のA、B、Cと僕が、すっかり朝になってしまってから作業場を撤収し、誰もいないがらんとした教室のアトリエに戻ってきて、終えるべき仕事は終わったのかまだ終わっていなかったのか、そもそもどういう作業だったのか、今やもう記憶にないのでわからないが、とにかく全員、疲労と眠気がピークの状態であり、それでも夜を徹して何事かの作業をやっていた事の高揚した気持ちの密度はまだ失われていらず、しばらくは皆でだらだらとそこで何をするでもなく過ごしていた。


しかしやがて、Cがアトリエの隅に腰掛けて何か言葉を二言三言発したかと思うと、そのまますっと横になって、明らかに自らの制御を越えた感じの、虚脱したような、やや恐れるかのような顔つきになって、瞳を閉じ、みるみるうちに眠る人へと変貌してしまった。さらに、その直後続けて、Bまでもその流れに従うかのように、まるでなすすべもなく磁力に引きつけられたように、Cの近くに腰を下ろして、僕からみてCと共にまるでカタカナの「ハ」の字をなすような格好ですっと横になり、そのままもう二度と動かなくなってしまった。


そんな風に、たった今まで普通にしていたのに、あっという間に動かなくなってしまったCとBの姿を見て、Aはおいおい、いきなりかよ、という感じで一瞥し、その後、Aと僕だけで、今日の出来事についてだったか何だったか、たぶん何か、たわいもないことを、引き続き少し話していて、話しながらAは、その場に急にうつぶせになって、重ね合わせた両手の甲に顎を乗せて改めてこちらを見た。そして僕を見て、すっと僕から視線を上の方に外して、そして一瞬、僕の背後に途方もない広大な空間が広がっているかのような、少しせつないような顔つきをして、口をかすかにあけて、遠くをぼーっと見る目つきになった。そうかと思ったらそのまま、すっと静かに目を閉じ、そのまま、ついにAまでもが、動かぬ人になってしまった。


結局、僕だけが、そのありさまをすべて、まざまざと見ていた。こうして、この室内のあちこちにそれぞれ思い思いの場所にばらばらになって散り、さっきまで元気だったのにもう既に動かなくなってしまった3人の居る広いアトリエに、僕だけが無言のまましばらく居た。僕も皆と同じように眠りたかったのだと思うが、おそらく僕だけ眠れなかったのだ。眠れる機会を逸したのだと思う。だからそのまま、しばらくそこに居た。…その後、やがて、やってきた別の同級生が僕を見つけ、おう、と挨拶し、そのアトリエの様子をみて、そこらじゅうに倒れている3人を見て、「うわー!みんなすごい体勢で寝に入っている!」と言って驚いていたので、それを聴いた僕は思わず爆笑してしまったのであった。