意志の勝利


渋谷シアターNにて「意志の勝利」観る。ドイツのレニ・リーフェンシュタール監督によって1934年製作されたナチ党の全国党大会記録映画。冒頭の空撮から驚かされる。雲を突き抜けて、着陸した飛行機のタラップから広へと降り立つヒトラーと熱狂する観客。まるでビートルズ来日みたい。その後もひたすら熱狂とナチス式敬礼と演説とやたら音のデカイ管弦楽が途切れる事無く続く。最後のほうはかなり辟易とした。でもなかなか面白かった。映画として、かなり洗練されたきわめて高い技術力と演出力をもっているということも、まあなんとなくはわかったようなわからないような…。


でもヒトラーの演説って、大体予想はしてたが、ほんとうに思った以上に何の内容もない、何の意味もないな事をひたすら絶叫してたんだなーと言うことがよくわかった。お話として全然面白くないのである。でもそれは当たり前のことで、お話が面白かったら駄目なのである。


というか、ヒトラーの演説というのは、集まってる何十万人もの聴衆に対して「何かを語る」という目的で行われている訳ではないのだ。ヒトラーユーゲントたちに対して、ヒトラーは「私の話を聴きなさい」などとは絶対に言わない。というかヒトラーは彼らに対して上位に位置してない。いわゆる「上から目線」ではない。ヒトラーは彼らの思いや内面や希望について、彼らに代わって代弁してしまうのである。「君たちはこう思ってるはずだ。君たちにとって理想であるドイツは、君たちだけでなく全ドイツ国民すべてにとっての、理想のドイツなのだ!!」みたいな話なのである。というか、聴衆はみんなギリシャ彫刻みたいに銃を構えて、あるいは満面笑みを湛えて静止してるだけなのだから。。


終盤のヒンデンブルグ大統領追悼式典でのとてつもない観衆の数には、思わずつい「うへへへへ」と笑いが出てしまった。数十万人の人間の、一糸乱れぬ整列のすがた。地平線まで人間が"苔"みたいに生え広がっている…。まさに奇怪、としか言いようが無い光景。人類史が始まって以来、これほど異様な時代は、さすがにあんまり無かったことだろうと実感。YMOが散解のときのステージでネタにした、あのやたらと立派な三連の演説台座も実にものすごい。隣は黒服のヒムラーで反対側にはルッツェである。


しかしところどころハーケンクロイツの垂れ幕が下りてるのだけど、30年代のニュルンベルクの景色のなんと美しいこと。異様なパレードと人々の熱狂に満ちているのに、景色だけは何も変わらず美しい。美しいというのか、なんというのか…。


ヒトラーという人物を捉えた映像をあれほど沢山観たのは初めてのことだが、率直に言って、6日間の式典を実に勤勉に実直にこなしているという印象。ご苦労様でした、とか言いたくなるほどである。あの長々と続くパレードで、一々ナチス式敬礼で腕をぴんと高く上げて、あれを半日やってたら相当疲れる筈だと思う。というか、30秒くらいで胸の前にもってきて、そのまま腕を下ろすのがワンセットになってるようで、それをひたすら繰り返すのだが、それでもあれだけ長時間やってたら身体的には相当な負担だろう…。まあそんな事はどうでもいいんですが。というか映画が終わったときは、夏場のやたらと長い式典というか法事に参加していて、ずーっと直立不動で坊さんの説教を聴いてたのがやっと終わってやれやれ疲れたなーというような気分になった。