曇天と星


箱根山中にあるホテルの、冬の夜の、深夜の暗闇と静けさを、大変好ましく贅沢なものに感じている。でも、よく考えてみれば、例えば今ここで感じている夜の暗闇と静けさとか、あるいは静止しているような時間の堆積とか、そういうのは若いときであれば、場所や状況を問わず、当たり前のように自分の身近にあったもので、いまや僕は、こうして金を払ってホテルに来て、今更のように夜の暗闇と静けさとか、あるいは静止しているような時間とかを思い出す、みたいな事になっているというのは、まあ、ある意味、終わってるというか、ほとんど見事にヤキがまわった。という事なのかもしれないとも思う。


まだ明るいうちは、雨はかなり強く降っていて、露天風呂に浸かっていても、頭や顔には容赦なく雨があたる。持って来た文庫本も数分もたてばかなり激しく濡れてしまうため、あまり長いこと読んでいられない。ざっと上がって、湯舟のへりに腰掛て、身体の火照りを冷たい外気に晒す。身体中から激しく湯気がたちのぼるのを見ている。しばらくしてから、またざぶりと肩まで浸かり、ふーと長くため息をつく。出ては入っての繰り返し。飽く事無くいつまでも繰り返す。そのたびに、ふーとため息をつく。いったい何に対して、これほどまでに執拗に死んだふりしているのだろう?と自問するほど。


温泉から出た後の、湯上りの火照った身体には、暖房がしっかりと効いた室内がどこも暑くてかなわず、缶ビールを片手に薄着のままホテルの中庭に出た。夜になって、雨は既にやんでいたが、少し風が出てきたようだった。「洗い髪が、芯まで冷えて…」などという歌の文句の通り、本当に芯まで冷えたくて、湯上りの熱気を外気の冷たさに晒す。しばらくして、片手に持ったままの、からっぽになったビールのアルミ缶が、ちょっと持つ位置を変えたら、氷のように冷たくなっているのを指先で感じた。外の気温はかなり低いようだ。でも感覚的にはまだちっとも寒くない。


空を見上げると、雲が、風に流されて、驚くべき速さで流れていくのが見える。その雲は、限りなく黒に近い濃紺の夜空を背景に、澄んだ濁り。とでも言いたくなるような、何とも言いがたいような複雑な白色のボリューム感をたたえて、風に流されて移動していくのだ。その白の鮮烈さと動きに、心をうたれる。なぜこんなに鮮烈に白いのか?しばらく目を凝らして見ていて、その理由が、月明かりにある事を発見した。月が、とてつもなく明るいのだ。まるで、白熱球が輝くかのように明るい。いや、白熱球のような暖色系の色合いでなくて、もっと冷たく青みがかった、ほんとうに透明感のある輝きである。その月の明るさが、今、空をまだらに被っている雲全体に染み透るかのように行き届いて、雲全体が全体として鈍くぼんやり発光したかのようになっていて、それが風に流されながら移動しているのである。山の稜線は墨のように真っ黒だが、その線にも雲が覆いかぶさろうとする。そのとき、山の黒さと雲の白さがおどろくべき拮抗をみせ、コントラストの調整に逡巡するかのような様子で、ゆったりと蠢動しつつその白さの濃度をいつまでも加減させているのだ。白色の色素がゆっくりと沈殿して山の稜線に溜まっていくのを目の当たりにしているかのようだった。


また、その雲の向こうに広がっている夜空の、とてつもない黒さと、星の輝きのうつくしさもすごかった。雲の切れ目から、まるで引き裂くかのようにして、いきなり出し抜けに、オリオン座が姿をあらわすのだった。それはまさに、絵に描いたかのようなはっきりとしたオリオン座で、今ここに星座としてあらわれようとする律儀ささえ感じさせられた。というか、これほどの雲が空に現れていながら、同時にこれほどきれいに星も輝いていて、月も明るいというのが、ほとんど非現実的な光景に思えて仕方が無かった。


部屋に戻ったのは午前1時くらい。一時間以上外にいたのだ。既に寝ていた妻に「空が凄かったよ!」と言ったら、妻は眠そうな声で「こんな時間まで何してたの?…」と呟きふたたび眠りに戻ってしまった。


…その後、僕も眠りに入って、…しばらくして、急に妻が僕を起こした。「星が!星が!」というのである。驚いて寝ぼけたままの状態で見ると、妻はなぜかコートを着た格好でそこに居たのだ。時計を見たら午前4時。何があったのかというと、僕が部屋に戻ってきてそのまま眠りについた後、妻はしばらくしてふと目が覚めてしまい、僕の言った事を何となく思い出して、窓の外を見てみたら、ものすごい星だったらしく、わー!これはすごいと言ってそのままコートを羽織って外に星見学に行ってたらしいのだ…寒がりの妻がとった行動としては驚くべき事態と云わねばならぬ。


僕は、その時点でそうやって揺り動かされ起こされたが、眠気に勝てず。形式的に窓から外を見たが、空の様子がわからない。星が出てるとか以前に、僕の目が開いていないからだ。なので、わかったわかったと言って、結局そのまま寝た。


二人で同じ場所に滞在していながら、僕と妻はそれぞれ、「見るに値する」と感じたものを、別々の時間に、それぞれ別個に見たという事になる。でもそれはそれで、良いのだとも思った。