総理官邸前


千代田線の国会議事堂前の一番出口を出て歩きながら、右手に内閣総理大臣官邸の外壁を見て、どんなに老舗の店でも、これほどの壁の雰囲気は見ないと思った。さすが、国家の中枢だと思った。内閣総理大臣のお住まいとして、恥ずかしくない重厚さをたたえていた。しかも、それだけでなく内閣府庁舎もすごかった。何しろ、あの警官の数はすごい。数メートルごとに、警察官がいて、あまりにも無防備なその姿態を目の前にして、目のやり場に困ってしまう。もし万が一、声をかけられたとしても、何気ない態度でちゃんと受け答えしないといけないので、そのことを想像してやや緊張する(結局、全く気にも留められてないようだったが。まあ当たり前だけど)。路上では、黒塗りのクルマが鈍重な動きで方向転換していて、それを見て、また別の方角を見て、そのまま左右をきょろきょろと、挙動不審な感じで歩き続けると、やがて六本木通りにぶつかって、点滅する信号に急かされつつ慌てて横断歩道を渡ると、何とか省の建物と商社系のビルとよくわからない財団法人系のビルと、あとその他いろいろなビルが林立した、薄暗い鬱蒼とした森の中みたいな一角があって、真夜中には血の流れる事もあるだろうが、日中は完全に無人で無機質な、完全なオートメーション・マニュファクチュアライズド・ビジネス・マネジメントな世界というか、まったくおもしろくもなんともない情報セキュリティ・リスクアセスメント対応済み区域という感じで、でも来た道を引き返さずに左折して銀座線の溜池山王の出口付近まで行くと、かろうじて庶民感覚の残滓が焚き木の残り火のように、途切れ途切れにではあるがまだ依然として息づいているかのようで、その事にかすかな安堵感をおぼえるのだった。そのまま銀座線で浅草方面へと移動してとにかく神田か末広町あたりで一服したい、などと思ってそうな人々が、大量に駅前のドトールで順番待ちをしていて、僕も彼らと肩や背中を密着させながら一杯のコーヒーを飲んでから、銀座線に乗って神田まで移動した。