暗闇


街灯の弱い光がその周囲に生い茂る木々と葉と降りしきる雨の線をぼんやりと浮かび上がらせていて、あとはほとんど全部が暗闇に包まれている。雨脚が弱まる気配はなく、昼過ぎからもう十時間以上、ひたすら降り続けている。さーーっという雨の音が耳鳴りのようにいつまでも続く。傘を挿して歩き続けている。暗闇のなかで、濡れた路面のところどころ、どこか遠くの弱い光を反射して光っている部分があって、その部分は水溜りだと思うので、そこに足を踏み入れないように注意していると、後ろから次第に明るくなって、タクシーのヘッドライトが、僕の背後から、かなり遠くまで前方の景色を照らし出して、道路に書かれた白い車線や左右にある道路標識の白いところが、照らされた一瞬だけ蛍光のぎらっとした光を反射させて暗闇に浮かび上がり、タクシーはそのまま僕を追い越そうとするのだが、道が狭く僕が邪魔で追い越せないようで、エンジンの回転する音が唸り声のように背後から僕の行動を見守っていて、僕も道の端に避けてあげたいのだが、ところどころ水溜りの反射する光が路面にあるので、それを避けて歩いていると容易には端によれないので、しばらく車の前をひたひたと歩いて、少ししてようやく端によって通れるスペースを空けてあげたら、車は苛立たしげにアクセルを踏み込んで湿った地面にトラクションをかけてぐっと加速して僕を追い抜いて走り去って、車体後部の赤いテールランプがあたりを赤く照らして、それも単なる横に二つ並んだ赤い四角い光のかたちになって遠くに浮かぶだけになって、やがて曲がり角の向こうに消えてしまい、またあたりは暗闇と街灯のぼんやりとした薄明るい灯りだけになった。通りの向かいの道には、タクシーではないもっとでかくて重厚な感じがする自動車が止まっていて、その車は雨に打たれて、からだ全体が雨に濡れていて、水滴をびっしりと全体に付着させて、その水滴を振るわせる事すらなく、完全に静止したまま大人しくしているようだった。丸い車体で、鈍重な感じのどっしりとした重たそうな肢体を雨の降る路面に横たえていた。あたりはなおも暗闇で、雨の降る音だけが相も変わらず聴こえていて、街灯の灯りで照らされた、白く走る雨の線と、影にそよぐ木々や葉がかろうじてところどころ浮かび上がったりしているだけだった。僕は歩きながら、どんどん通りの向かいに停車しているその車に近づいて行って、しかし、いくら目を凝らしてその車体を見ても、いったいボディが何色で塗装されているのか、どれだけ見てもその色がわからなくて、ただひたすら雨に濡れて水滴をいっぱい身に纏った、そのずんぐりとした丸い車体の感じだけしかわからず、その場所を通り過ぎてしまってからも、いったいあの車の色が何色だったのかをしばらくの間考え続けていた。