Rain


雨が上がって、気温が高まり地上の全水分があたためられて、ゆっくりと上昇をはじめたのとちょうど同じくらいの時間に僕達の乗った電車が目的地に着いて、電車の中が蒸し暑かったので、ドアが開いて外に出たらかなり涼くて生き返るような思いがした。歩き始めて身体中にまとわりついていた湿気のくぐもりがみるみるうちに後方へ流れさった。首周りや襟元や半袖の裾の中からわきの下にかけてや股間の周辺や足元などすべてさっぱりとしたように思った。が、それでも外もまだ、ものすごく湿潤な空気で湿気の質が変わっただけで身体はまたすぐに汗ばむようになった。空は曇りまだ路面は濡れたままで水溜りが白い空を綺麗に反射させている。頭上十数メートルの高さに首都高線が走っていてその影の下になるだろう場所を歩いていて頭上の道路裏側面にあたる灰色のコンクリートの陰鬱なのっぺりした平面。排水が高架の柱を伝って地面に流れて、水跡が黒々とひび割れのように縦一直線に走っていて、車のタイヤが濡れた路面を走るシャーっという音のアスファルトとタイヤと水の擦れ合いが空間全体にわーんと反響している音のほかは排水がびたびたと地面を叩いて落ちる音だけがやたらとはっきり聴こえてくるだけ。おびたたしい数の鳩はみな一粒の灰色の鳩でそれらがいっぱい高架の途中にある横に伸びたワイヤーに並んで薄暗いところに海沿いの岩場の貝みたいにほとんど動かずに停まっている。歩道橋の階段を昇って、途中三股にわかれてそれぞれがとても長い歩道橋を渡りながら車の流れを見下ろすと黒いアスファルトを走る車の後方の灰色の水飛沫がはじけているのが見える。


公園に入って生い茂る木々の、私の視界の、右手側に位置する一本と、真ん中よりやや左の一本と、さらに左の一本の幹の形、それぞれを見てそれらの幹と幹に挟まれて区切られた景色の形。それらを順々に見て、木の幹は、雨に濡れて黒々としている。空は乳白色でところどころ沈鬱なグレーを帯びた色。土が黒いです。土が、黒い。水を含んでいる。強く輝くような。稲光るような。クスノキやポプラやケヤキ、サクラ。といったような木々が、生い茂っている公園の、この季節特有の鬱蒼とした深い葉の緑色。


生い茂るといったらよいのか、育っているような、繁栄、繁殖のような季節。育つ季節それが六月?仰け反って、背中を反らしてみて、そうして、頭部を後方に移動させて、見上げて、ふーっとため息の出るその先の、見上げた先のその視界の先に、何重も折り重なって積み上がって、上を向きあるいは横へ横へと伸び広がろうして自らの重みに負けて垂れ下がり重心を軋ませながらもまだ動こうとしている木々の葉それら全体が、目の前の空に、何にも支えられずに、宙に浮かんだ状態で目の前にあり、その巨大な塊としての緑色の、そのありようを見る。呼吸する。見る先のものを見る。見る先の中へとどんどん分け入っていく。息継ぎの可否をたしかめ、緑の色濃い中へさらに入り込み、繊細な色合いの流れを追う。自分の身体をさらに場へと運ぶ。光から影へ導かれて形の陥没の奥底の暗いくぐもりの中へさらに分け入る。意外な方向の出口から抜け出る。ぬめりと水流を感じる。そのあと更に明るい調子の軽快なリズムの連続のところに導かれた。かたちと空の交互にあらわれるのをステップしながら、私は、私への身体ダメージをたえず確認する。対象と身体と共に観察を続けながら見る。


目の前のものが濡れている、それは見ればわかる。路面が濡れているのもわかる。しかし森の木々が濡れている感じは、わかるといえばわかるが、わからないといえばわからない。葉の濃い緑色の生い茂りや、木の幹の黒さ。重量感やたわみ、揺れ動く感じ、明滅、ぎらつき、黒光り、重なって重なって、おびただしい厚みとなって、それらすべてとして濡れていて、それらすべてとして存在していて、しかもそれが中空に浮かんで目の前にあるというのことをすべて見ることができるわけないので、たぶん森の木々が濡れているというか、森というあるひとまとまりの空間全てが濡れている感じで、その濡れ方のありようを見ながら想像している。


そしてなおも見た。見たら、木の根の地面へ食い込んでアスファルトのひび割れさせて広がって地中へ根を下ろし土が柔らかくなって芝生がふやけたように膨らんで錆びた空き缶に泥水が付着していて靴の側面が汚れているのに気付いて、そしたら一気に自分の歩く靴音が自分の頭の中いっぱいに聴こえてくるのを見た。濡れた地面を靴が踏みしめる音。じゃっじゃっじゃじゃっじゃっじゃじゃっじゃっと歩き続けるかぎりいつまでも聴こえてくる音を見る。


アジサイが黄緑色の葉と葉の間に咲いている。まるで冗談のように。薄紫色の細かい花のかたちの集合と、白い小さな羽根のような花弁でできたまた別のかたちで構成されている。すごいかたち。色がすごいきれい。衝撃そのもの。雨上がりの、生い茂る木々や畑の土から立ち昇ってくる匂いを嗅ぐ。植物達の体臭。土の中の生き物や小さな虫たちが発する匂いや根や実の育つ匂い。猛烈な香り。


六月はものすごく良い感じ。今年の六月はじつにすばらしい。雨上がりのきれいさ。いつのまに僕はこれほど六月好きになりましたか。いま、窓の外でまた再び雨が降り始めた。