たとえば、鉛筆でちゃんと真っ黒な色を出すというのは結構大変なことだ。単に紙の上に、力任せにぐいぐいと描けば良いというものではない。いや、勿論それでもそこそこ、黒いことは黒いのだけど、そうではなくて、絵を描いてる途中で「いまここで、この箇所がもっとすごく黒い必要があるのだ、そうしなくては!」と思ったときに、思ったとおりにその箇所を黒くするのは、とても難しいのだ。それは実際に行えば、ほとんど間違いなく、絵全体が崩壊してしまうような事になるのだ。なぜなら、結局そういうときに必要だと感じている黒さというのは、さまざまな諸条件が軒並み揃ったあとではじめて「あ、ここは黒い」と事後的に発見されるようなもので、今までの経緯と無関係だからだ。今まで組み上げてきた世界では、そんな必要性が生じる可能性など、想像もされていなかった。いや想像はさんざんしたし、その上で、よしこれで行こうと思って、諧調をそろえて、それをあらかじめ与えられた武器とみなして、最初の時点で、ある程度それを「リソース」として、世界に均等に平等に分け与えてしまっているのだ。わたしと世界との関係を、その諧調によって取り結ぼうという試みだったはずではないか。そうじゃなかったっけ?でも今更、急に「ここはもっと黒いんですよ」と言ったところで「そんな事をあとから急に言われても、もうどうしようもないですよ」とこたえるよりほかないのだ。「今更なんだよ!」いま、この世界で準備されている黒というのは、そこで必要とされている黒とは別の質でしかない。「後から言うなよ!」「…っていうか、それって本当なの?あれだけ真剣に考えて準備した諧調に収まりきらない黒を、あなたは臆面もなく要求して来てるんだよ。自分のやってる事が恐ろしくないの?本当にそれが必要なの?もし間違ってたら、どう責任とるの?っていうか、どんな責任でも背負えるの?」まあいずれにせよ、そういう黒の要請が入ってしまう時点で、絵を作る過程の失敗であり、プロジェクト全体の問題と言えるのだが、でもそういう黒を発見する事はとても重要な事だ。自分のシステムが通用しないとうのは早めに気づく事ができるのなら、それに越したことはないのだ。早期発見と早めの改善を心がけましょう。現場レベルでグシャグシャになる前に上流行程で気づけるようにがんばって…で、色々と会った後、落ち着いたきもちであらためて確認するのだ。「じゃあ、あらためて聞かせてよ。その黒って一体、どういう黒なの。本当に必要なの?もし必要だとしたら、今まで俺らのやってきた事には落ち度があったって事だよね。逆に今まで、どうしてそれに気づけなかったのかな?それも含めてじっくり考え直したいんだよね。」さあ、この後どうなるか。