羽田-岡山


ご搭乗口を越えると自分たちがこれから乗る飛行機が見える。一目みて、あぁ小さいヤツだ、やだなぁと思う。基本的に飛行機は嫌いだが、とくに小さい飛行機だと離陸や着陸のときの機体の傾き感がすごく生々しく感じられて、それがものすごく嫌なのである。MD-81という名前の飛行機だ。片耳に通路みたいなものをくっつけられて客を迎え入れている機体の、あのうなだれたような小さなアタマをみるだけで頼りない気持ちになる。乗務員はドアモードをアームドにしてください。たぶん死んだ後も同じようなセリフを言われるはずである。皆様、当機はこのまま天国へ向かいます。到着予定時刻は、午前十時を予定しております。現在、天候は晴れ、気温は三十度でございます。ごゆっくりおくつろぎ下さい。快適な空の旅をお楽しみ下さい。滑走路に着くまでMD-81は地上をがらがらと走る。ずいぶん長いこと走る。このまま高速に乗って走り続けて小菅インターで下ろしてくれ。


エンジン音が激しくなり、グッと加速して、シートに身体が圧しつけられ、姿勢が強引に斜め上に向けられ、そのまま真上に向かって一気に上昇する。強く斜めに傾き、そのまま旋回する。地平線がぐっと上の方向に移動して、東京湾岸の景色が飛行機の小さな小窓の半分以上になって、それがあっという間に遠い地図の小ささになってしまう。もう後戻りできない高さにまで平然と昇っていく。ビルの何十階もの高さに昇って、さらにもっと高い場所へと昇り、さらにさらに昇る。どんどん雲を突き抜ける。周囲が一挙に明るくなって空の太陽がかっこよく降り注ぎ、機内の壁を光輪がきらきらしながらゆっくり後ろへ移動していく。異様なまでに明るく澄んだ青空があらわれて、気づけば真下にはありえないくらいの輝くような純白の入道雲が凝固したようにかたまっていて、それらすべてをはるか真上から見下ろしている。天候は快晴で気流も穏やかで、飛行中ずっと、かすんだ雲を透かして、黒々とした地上の様子が見えっぱなしだったので、ひたすら窓から地上や空の景色を見つめ続ける。それは異様なものだ。船の上から、自分が浮かんでいる海の、深さ数千メートルの海底の様子が見渡す限り丸見えになっているようなものだ。飛行機は新幹線よりも値段はちょっと高いが、しかしこの景色のものすごさにはそれだけの価値があると確かに思う。空から眺める地上。それは人生のすべてを単なるモノガタリに圧縮させてしまうような景色である。こんなことは信じないという気持ちもあるのだが、しかし目くるめく景色の展開に圧倒されてモノがいえなくなってしまう。


小田原から箱根を過ぎて、ちぎった真っ白な綿菓子の細かいのを周囲にいっぱいまといつけたような姿の黒々とした富士山が周囲から突き出しているのを見て、浜松や静岡を抜けて、名古屋、大阪、神戸を過ぎた。驚くべきことに、それらがすべて地上の様子でわかった。そのような地理的な情報に過ぎないと思っていたものが、実際視覚的な現実的なものとして確認できてしまう事の、ある種の情けないような哀しくなるような思いを味わった。


飛行機はあっというまに目的地に近づいた。あと十五分ほどで岡山空港に着陸いたします。座席の位置をお戻し下さい。機体が着陸態勢に移ってどんどん高度を下げる。山間地帯の上をゆるゆると進む。エンジン音が高くなると、またひときわ高度が下がる。主翼のフラップがぐいっと下方向に向かって伸びて、また少しだけ元に戻って様子を見ている。羽根の先端が雲の白い煙をひっきりなしにひいている。やがて、山々や街並みがはっきりと見下ろせるような距離になって、生い茂る木々や遠くの建物の細部まで肉眼ではっきりと判るくらいに見えてきて、やがてゴルフ場が見えてきて、ああこのゴルフ場に着陸するんだなぁと思って、いやそんなバカな話があるかと思ったら、どすーんと着陸した。エンジン音が強くなり、身体が静止する方向に強く圧し付けられた。岡山空港の滑走路であった。