田舎の音


小さなスーパーマーケットや、自転車置き場や、公園や、いくつかの商店が並ぶ区画の先は、住宅地が立ち並ぶ区画で、その先をさらに歩くとまた風景が変わって、畑と雑木林ばかりの、何十年も昔から何度となく舗装を重ねられてでこぼこした細い道が続く。畑と、あとかなり向こうの、数百メートルくらい先の方に雑木林みたいな茂みが少しだけぼわっと生えていたり、農家の家とかよくわからない小屋とか、軽自動車とか、あとは地元企業の看板とか、電柱とか、そんなのが点在している。ほとんどが畑。そして空が広い。薄曇だけど良い天気。ぼんやりするには丁度良い気候。周囲に畑が広がっている。たぶん数キロほど先まで畑と電柱しか見えない。そのさらに向こうは県道を車が行き交う音がかすかに聞こえてくる。空を飛行機かヘリコプターが飛ぶ音がする。


この停留所は、乗ってきた路線バスの終点である。停留所はバスが何台か停車できるほどの敷地になっている。客を降ろしたバスはここで方向反転して、所定の駐車位置に誘導され、あらためて客を乗せて、再び駅を目指して走る。僕はバス停のベンチに座っている。バスがゆっくりと後退して、一度切り替えして、再度後退して、所定位置に来たところでぶるっと車体全体を揺すって、そのあとしばらくして火が消えたようにエンジンが止まった。エンジン音がなくなったら、あたりが静寂に包まれた。運転手が降りてきて、ちらっと僕を見て、すぐ視線を戻して、猫背姿のまま奥にある詰所のような小屋のドアの向こうへ消えた。バスの横っ腹から、何か中で、ぱちぱちと細かく弾けるような音が聞こえてくる。あれは何の音か。何かの燃えカスがまだ火が消えてないのか。ストーブの窯みたいにまだ中が熱いからか。そのほか、あたりは静かだ。何も聴こえない。いや、何も聴こえなくはない。いま、何の音が聞こえているのかというと、遠くの国道を走る車の音が唸りの残響みたいに聴こえている。団地の方の公園の音と、風の音もする。道路の音、畑の音、電柱の音、看板の音、アスファルトの音、砂の音、全部の音がする。細かい擦過音の積み重なりで、ほとんど音の壁みたいな厚みをもって、さっきからずーっと鳴り響いている。たぶん十年も二十年も前から鳴っている音だ。こういう色々な音が混ざり合って、もう音とは言えないようなどんよりとした鼓膜全体を圧迫する塊を、子供の頃から強制的にずっと聴かされてきた。僕はこれを「田舎の音」と呼んでいる。この音が嫌いで「田舎の音」など金輪際もう二度と聞きたくないと思って、必ずイヤホンを耳にするようになった。


田舎の風景のものすごさ。この景色を言いあらわすことのできる言葉を、僕らはまだ持ってないと思った。