曇天下


大手町から都営三田線芝公園。10番出口から歩いて、生まれて始めての東京タワー。入館料を払い、エレベーターに乗って、第一展望室に。下を見下ろして、おぉ、さすがにこれは怖いねという。下の景色も怖いし、その景色のあいだに挟まっている窓ガラスや窓枠の何十年も経過した古めかしさが、余計に怖い。下山して、とぼとぼと歩き、増上寺の脇から、線香の香りがふわりと漂ってきて、ああ夏だと思い、夏の田舎の、帰省して墓参りに来たときだと思って、そのまま境内をウロウロとして、線香の香りを吸い込んで目を瞑ってくらくらとした。たぶんしばらく線香の香りを嗅いでいたいだけだった。徳川家の家計図をぼんやりと見ていて、まるで苔や羊歯植物が生長していくような旺盛なものを感じ、木肌にびっしりと貼り付いている黄色いペンキのような苔の密生した色面を思った。そのあと、浜離宮公園をうろついた。空がみるみる雨雲に満たされ、高層ビル群がまるで、空の写真の上に広告に載ってる写真の切り絵を貼り付けたような、何ともしらじらしい景色で、その直後に、激しい雨と風が一帯を襲い、まるで台風のような天候となり、でかいビルの一角が雲の陰に隠れ、でもその夥しく並んだ窓枠の向こうにある居室ひとつひとつの中では、何の仕事らしい仕事も行われてはおらず、単なる雲の陰に過ぎないようで、急激に気温も下がり、仕方なくそこらに居た皆で、あわてて新橋に逃げて、そのままJRで帰った。やだひどいわねどうなってるのかしら、なんだかこれも初夏らしい一日よね。いよいよ夏本番ってところよね。夕食は久々に外にて。喉元から胃袋にかけて、自分ではなく店の匂いを蓄えこんでしまったかの如く喰う。がっつりと。それが目的だった。願わくばもう一皿いきたかった。でもまあよしとしよう。また来て喰おう。