Derrick MayとCyndi Lauper


3/24のDommuneDerrick May Liveを聴いている。Derrick May は月曜日から日本にいたのだそうだ。先週はCyndi Lauperも予定通り来日してツアーを敢行していた。しかしそれ以外の外タレ来日はたくさん中止になったはず。あの日以来ブルーノートとかビルボードから来るメールが笑うくらい大量に公演中止のお知らせだった。でも地震の経験なんてほぼ皆無であろう外国人が、今の日本(東京)に立ち寄りたくない気持ちは非常によくわかるし、その理由で来日をキャンセルするのも仕方が無いと思う。しかし前述のように数少ないながらも予定通り来ている人もいる。Cyndi Lauperなんてヒット曲とかFMとかで流れてそうな曲以外は今までほとんどマトモに聴いたことなかったけど、震災の後、数日して予定通り日本公演してるという話を聴いたときは、さすがに驚きと尊敬の思いを禁じえなかった。想像だけど、現状で日本公演を継続するというのは、親日とか金とか、そういう事だけでは無い何かではないか。いや金だってすごい重要な理由だろうしそれだって全然悪くないけど、でもそういうことじゃなく、もっとその人の個人性に根ざした何かがなければ、今の東京に滞在できないのではないか。とにかくCyndi Lauperすごいわ。こりゃタダモノじゃないわと思った。思わずあらためて今度その作品をちゃんと聴かなきゃいけないんじゃないかと思ってしまったほどだ。もう最近出てくる話と言えば、リスクを上手く嗅ぎ分けて回避するとか周到に立ち回るとか非常事態に備えるとか正しい情報を捉まえるためのリテラシーを云々とか、そういうのばっかりでうんざりする中、こうしてCyndi LauperやDerrick Mayが音楽を演奏しているというのは本当に素晴らしくて、その事実だけで胸が熱くなるほどだ。いや実際、外国人が、こんな状況下の、不安定で不安やリスクもある今の東京にわざわざ来て仕事して帰るなんていうのは、リスク管理の結果とか正しい情報に基づいて安全と判断してとか、そういう理由でやれてる訳じゃなくて、それこそ「まあなんとかなるでしょ」という無根拠な開き直り的な楽天性がなければ出来ないことで、そここそに激しく胸を打たれ、共感してしまう。まあなんとかなるだろーといいながら次々と、嵐のように自分の仕事をしなければいけないのだ。…まあそんなことを書きながら、僕自身はどうかと言うと、今月はずっとボケボケだ。とくに震災以降はボケボケ。何も考えてない。新聞もテレビもうんざり。嵐のように自分の仕事をするとか、ありえない。今ここに自分の仕事っていう言葉を書いてる事自体がすごいと自分で思ってしまう。