のど飴


電車の中で激しい眠気がおそってくる。立って、片方の手はつり革に掴まって、もう片方の手には本を開き、その状態のままつい、すーっと意識を失いかける。ふっと、自分の頭が前の方に傾いてそのまま自分全体ごと落下しそうになって、はっと気がつく。上半身が傾くだけか、下半身瓦解つまり膝からガクっとくるかで、直前の感触は違うが、いずれにせよほとんど崖から転落しそうになって踏みとどまる感じ。車内は相変わらず混雑している。僕の周囲にいる乗客が僕がほぼ寝ていると気付いているかどうか。とにかく意識が踊ったら気を取り直して、とりあえず、また本に視線を戻すが、気付く間もなくあっという間にまた、元の真っ白な意識の彼方へ行ってしまう。……しばらくして前方にぶつかる衝撃を感じて、はっとする。一挙に意識が戻る。すいませんと口にする。前にいた女性の背中か肩に額をぶつけてしまったようだ。やや焦る。姿勢を整えて、ちゃんとする。前の女性が訝しげにこちらを振り向く。視線が会い、こちらが慌てて逸らす。女性はなおもこちらも見ている。そのまま鞄から、ガサガサと音を立ててのど飴を出して、親指と人差し指に摘んだそれを、ぱくっと口に入れて、なおもこちらを見ている。「よう、姉さん、ご馳走さま。」「一つあげよう。口をおあき。」「青酸加里か。命が惜しいや。」「文無しのくせに、聞いてあきれらァ。」「何云てやんでぃ。溝っ蚊女郎。」と捨台詞で行き過ぎるのを此方も負けて居ず、「へっ。芥溜野郎。」「はははは。」後から来る素見客がまた笑って通り過ぎた。


追記:今、窓をあけてみたら、雨が降っている。いや夜ずっと降っていたのはわかっていたけど、窓をあけたらまだ降っていて、それは降り続けているというよりは、新たに降り直しているような感じがする。もう一度地面を濡らし直している。勢いのある降り方だ。しっかりと降っている。明日の朝まで降るのか。地面の濡れ方と、窓をあけたときに聴こえてくる音で、雨の本気度がわかる。その現在を感じる。