大気


午前中、テレビ画面のフレームの内枠の左に「不安定な大気」と書かれていて、上下右には各地の天候情況などが細かい字で表示されている。不安定な大気という言葉はなかなかいいじゃないか。空はこれからが只事じゃないぞと言うかのような白銀色で…やがて雨が降ってきた。強い。斜めの線がはっきりと見えて、さっきまで反響していたセミの声がすべて雨の音に入れ替わってしまう。しかしまた、すぐ止む。いきなり雲が切れて、バカみたいな青い空と発光しているかのような雲があらわれる。狂ったように明るくなって、真夏の暑さがくる。しかししばらくすると、また黒灰色が覆ってあたりが暗くなる。遠くの空は、相変わらず夏の青さのままだ。この上だけ暗い。彼方と此方のわかりやすさ。空が複数あるということは、こういう天候のときだけわかる。そして降り出す。またしても、猛烈な勢いの水煙がたちのぼる。


寝そべって、開けた窓際に足を向けて「細雪」を読んでいた。上中下が全部入った中公文庫の版だと、文庫とはいえ重いので腕が疲れるのだが、そのときちょうど「阪神大水害」の箇所だった。晴れているときは、温い風がゆっくりと入ってくるときもあった。降り出して、雨脚が強まるとベランダの床のコンクリートが遠い側から次第に濡れてきて、その跡がこちらに近づいてくるとともに、霧吹きのような雨の細かい飛沫が、網戸を通して自分の足にあたりはじめるので、そうなると仕方がないので窓を閉めるが、ほんの数センチだけあけておくとその隙間から風が強く部屋に入ってきてカーテンをやたらと持ち上げる。こうしているだけでも、空気中の水分はかなりすごいと想像できて、ほとんどスチームサウナの中みたいなものか。しかし風は始終動いていて、うっとうしい暑さではない。


午後を過ぎて、隙をみて買い物に出た。雨が上がったばかりの路面は黒く湿ったまま猛烈に光りだし、木々や緑は濛々として滴を落とす。商店や自動車やビルや家のすべての窓ガラスがすべて結露している。冷房が効き過ぎた店を出た人のメガネが真っ白に曇る。晴れた空の色は青が鋭すぎて、雲も自ら発光しているような色で淵のところが刃物みたいに鋭く空と接している。セミはすぐ鳴き出して、慌てて飛立って湿った重い体を別の木に移動したりもしていたし、なかには地面に落ちるものもいた。


結局、帰り道でやられた。また降ってきたと思ったら、たちまち傘など役に立たないほどになった。ドウドウと音を立てて降る雨。爪先から太股の上の方まで完全に濡れる。水中を歩いているものと思ってあきらめる。これならむしろ上半身が濡れないだけで不思議だ。