夏の夜


しのばずの池の水はいつも水藻や泥や汚濁物で緑色に濁っていて、その中を異様なほど巨大に見えるコイがゆっくりと身をよじらせながら悠々と泳いでいる。密生する蓮の葉を見るといつも何となく薄気味の悪さを感じる。あの下に汚いドロドロの水が溜まっていて、蓮の葉も見ているとすごく妙でグロテスクな、どこにも分類できない未知な生き物のような感じに見えてくる。そんな蓮の葉が池一面を覆っていてところどころ紫色の花もぽつぽつと咲いている。花もきれいだが何か生々しいというか毒々しいというか、同じような紫色でも紫陽花はすでに萎れかけていて、蓮はこれから開こうとしていて、そこがますます蓮の花の気味悪さに感じられる。今日は大変に暑くて、しかし少しだけなら風もあり、まだこのくらいの気温であれば外を歩いていてもなんとか我慢できる。一夏のあいだ大体このくらいの気温で過ぎていってほしい。池のボートはほとんどが白鳥かアヒルみたいな形をした屋根付きで自転車のペダルみたいなのを漕いで進むやつばかりでどのボートにも屋根の上や突き出た白鳥の頭のてっぺんに必ず水鳥が止まっていてかもめのような声で鳴くので、まるで海にいるようだと妻が言う。鰻が食べたいというので食べに行く。店に入って冷房の効いた涼しさに思わずため息がもれる。生ビールを飲んだらうまくて感動する。店を出て、大手町まで行って、駅のホームから出口に向かう方向が右だったか左だったか忘れて、案内板を確認して右だと言ってそちらに歩き出す。しばらく歩いて階段を上って改札口が見えたら、あ、やっぱり間違えたと思う。いやいや、いいんだと思う。乗り越しなので精算機に定期券を入れて不足金額が表示されてパスモを入れて、定期券が出てきてそれをしまって精算券とパスモが出てくる。こうしてくれると全部の券を取り忘れないが、東横線が定期券を最後に出してくるのでついうっかり忘れてしまい、あれは困る。たしかそうだ。記憶違いかもしれないが…。パウル・クレーの展覧会をやっている美術館に到着したのは午後五時過ぎだったが、今日は夜の八時までやっていた。観終わったら閉館間際だったので外はもう完全に夜で、この美術館には何度も来たことがあるのに出たら外が真暗だったのははじめてですごく新鮮で、駅に向かって歩くと冷房で冷えていた体が元の気温の中でいきなりぬるま湯の風呂に浸かったような感じで気持ちがいい。むっとした空気の青い夜の、半月の光る夏の夜がうつくしくてああ夏だと思う。