傾斜


隙間から少しだけ外が見えた。下は川だ。電車は今、鉄橋を渡っているのだ。そのとき電車がやや急に停止して、乗客のほとんどが前方へ押し出されそうになり、掴まるもののない幾人かは前方にいる人の背中めがけて倒れ掛かり、手摺りに掴まっている人も咄嗟に腕の力を込めて身体を流されまいと踏ん張る。車内に吊革の激しく軋む鳥の鳴き越えのような音と低い地鳴りのような音が響いた。かなりの急制動で電車が止まった。止まると、電車の中は怖いくらいに静かになった。そして車内放送の音量が、すさまじくでかかった。スピーカーを水に漬けて漏電寸前の状態で出力しているから、人の声とノイズが絡み合った状態の、心臓が止まりそうなほど大音量である。現在、前の電車が次の駅に停車しております。運転間隔調整のため、今しばらくお待ち下さい。そう喋っているのは、女性の声である。中低域の音波が完全にレベルを振り切っていて強烈なノイズになっている。それにしても最近、電車の車内放送で女性の声を聞くことが多くなったが。スピーカーの傍に居た人達は後頭部から肩にかけてかなり衝撃があったようだ。しかしその放送も終わると、なおも静寂が続いた。さっきから、鉄橋の上で電車は停止しているが、この鉄橋は少し右へカーブしており、その旋回走行を補助するため、線路の内側がやや下になるよう角度が設けられているのだ。今止まっている場所はおそらく、丁度そのバンク角がもっともきつい箇所で、ほとんどの乗客は、かなり急な傾斜に身体を横向きにして踏ん張っている状態で、傾いてる方の窓際の乗客などは、吊革に掴まったまま、窓の下に投げ出されそうな身体をじっと支えたまま耐えているのだ。窓の外の、深い緑色の川を見下ろしながらである。もしこのまま電車が傾斜角の方向に倒れてこのまま川に落ちることになったら、電車より先に自分が川めがけて飛び込んでしまおう。その場合、すぐ窓を開けて片足を窓の下辺にかけて思い切り外へ飛び出す。こころもち斜め上の方に飛び出して、電車の下にならないようにしよう。でも、おそらく窓の開けるところを指でつまんで力を入れないと、あの窓はかなり重いはず。もし今、あの窓を開けようとしたら、それはかなり怖い。ほんとうに窓の外に落ちそうに思ってしまう。自殺するのかと思われそうだ。それより前に座っている人に倒れ掛かるような格好になってしまうので、それはまずい。