吊革

電車の吊革。車両内にあるすべての吊革を、乗客の手が掴んでいた。つまり吊革使用率百パーセントを達成していた。その混雑がどんな様子なのか、想像することさえ難しい。とにかく掴まろうとしても、掴むことのできる吊革がまったくないのだからおそろしい。なかにはS字フックを引っ掛けて、フックから複数の吊革が枝分かれして取り付けられていて、それを各々の乗客が掴んでいたりもする。しかしそのような吊革は手触りも悪く耐久性にも欠ける。会社員ならどのスーツの背中にもフックは付いているので、その気にさえなれば適当な壁に自分自身を引っ掛けておくことは出来るはずだ。たまたま丁度よく適当な壁が見つかればの話だが。隣の車両はこちらとは少し客層が違って、車両の奥半分がまるで寝台車のように吊革から吊るされたハンモックが幾つも仕掛けられて、その上はまるで行楽シーズンたけなわといった風情で家族連れやカップル同士で賑わっていた。いわば創意工夫による取り組みの明らかに上手く行った好例だろう。一車両内だけでこれだけの賑わいを見せていながら、床に乗客の足がまったくとどいてない。誰もが無重力状態で浮かんでいるみたいに、電車の揺れるたびに軋む金属音を響かせながらゆったりと左右に揺れ動いている。