雨後


 午前11時頃に、外で大きな音がした。突然、音がしたのではなく、気付いたら、大きな音がした。いや、気付く前から、音はしていて、その音が、しだいに大きくなってきて、やっと音に気付いた。スピーカーから出ているノイズのようにさりげなく鳴り始めて、そのあとは一定の音として、しばらく続いていたはずだ。耳で聴いたのは、もう少しあとだった。たぶん三十秒もしてから、音のことを、あれ、雨じゃない?と言って、外を見ると、音は雨だった。窓を開けて、雨を見た。強く、大きな音だった。こころもち斜めに、真っ直ぐに叩き付ける様に落ちてきて、屋根や軒先や路上に跳ね返る。白い湯気と飛沫が盛大に跳ね返る。夏っぽいと思った。こういう一瞬を、夏は毎年感じるものである。これを見たので今日は良かった。雨脚が強かったのは、ニ三分程度だっただろう。しかしその後もずいぶん長く降り止まなかった。

 昼過ぎから出かけた。雨はすでにあがっていたが、太陽はまだあらわれていない。空一面が分厚い雲の色で、しかしその向こう側に強烈な日差しが存在しているのがわかる。

 とても蒸し暑く、何もかもが濡れている。まだ水滴がぽたぽたと落ちている。木の下を歩くと、葉から大粒の水が落ちてきて服にコップの水をこぼしたくらい激しく濡れる。路上を水が、細かいゴミと一緒にまだ低い方へゆっくりと動いている。

 世の中全体が、風呂上りの直後みたいな景色のなかを行く。セミが鳴いている。その音のすさまじさ。セミの激怒している意気が伝わってくる。音が幾重にも折り重なって、物質になって、波状になって落ちてくる。音そのものが軋んでいるような、はっきりとした空気の揺れを感じるような、いったい何百何千の数で鳴けば、これほどの大音量になるのか。

 車道は、すでにまだら状に乾き始めている。残った水溜りに走る車が、逆さになって映り込んでいる。セミの声、クルマの音、工事現場から聴こえてくる音、すべてに深いリバーブがかかっている。湿度と音が渾然となっている。空から降る光はまだ鈍いままだ。歩く歩道の数メートル先に、深い穴が空いているようにみえるが、それも小さな水溜りである。今はこのまま、深い匂いをたてながら、ゆっくりと水分が蒸発していこうとするまだ始めの段階である。