走る山手線の車内で、ぼーっと外を見ている。蒸し暑いことの他には、とくになにも頭にうかばない。
同じ方向を走る京浜東北線が、少しずつ、こちらに近付いてきて、しばらくのあいだ並行して走る。
窓と窓が近付いて、車内の乗客同士が、窓ガラス越しに向かい合ったままで、お互いの立ち姿を眺め会う。
しだいに京浜東北線の速度が上がる。向こう側の乗客が僕を置いて先へと流れて行く。
やがて最後尾が目の前に来て、窓から身を乗り出した車掌の上半身が、自らを窓枠にしっかりと支えた姿勢が、これまでと同じ速度で流れて行き、それが車両の最後で、あとは何もなく、ぽかっと空いた空間が轟々と音を立ててあらわれる。
窓から身を乗り出していた車掌の視線の先にあるものを想像する。蒸し暑さのない、機械の勢いで轟々と流れているもの。
11:10東京発のぞみ。発車まであと10分くらいある。
東京駅の混雑の凄さ。特急券乗車券(本日分)のカウンターに長蛇の列ができており、あたり一帯、人でごった返している。がらがらと引っ張るタイプのスーツケースがやたらと多く、それらがあちこちでぶつかり合っている。少し早めに改札を通って、ホームで待つことにする。
ホームに立っていると、蒸し風呂のように暑い。少しはなれた場所で、人が並んでいるのを眺める。子供連れと、若い夫婦が多い。よく考えると、子供をいっぱい引き連れて、ああして電車に乗るのは、結構お金も掛かるだろうになあと思う。会社の人たちなんかは、皆クルマで移動するみたいである。家族皆で、一台で移動するなら、その方が楽だろうけど。
乗車して座席に座る。電車が動き始めると、隣の若い男女が早速という感じでお弁当その他を出し始めたので少しほっとする。こちらだけ酒をのみ始めて、匂いなど周りに漂わせるのもなあと気にしていたのだが、その心配はひとまずなくなった。周囲のほとんど全員が、何か食べている。子供の騒ぐ声もあちこちで聞こえる。こども電車だ、と思う。こちらもワインを入れた水筒を出し、これを飲むと、これが嬉しくなるほど、予想以上においしい。しっかりとしたコクのある、こうしてワインだけを飲むには最適な味に思える。これだけで幸福になれるから、僕というプロジェクトは実に簡単な構成だと思う。
品川、新横浜、小田原を過ぎると、次は名古屋である。酒の量を考え、配分を計算する。早くに、全部のんでしまわないように気をつけなければいけない。(それでも、結局かなり早くに酒は尽きてしまった。)
父親に会って、確認しておくべきことを記したメモを再度見返し、部分的に追記したりして備えた。
伊之助
伊一郎
「伊三郎」
伊三郎の子
「功」
1920年? 1943年
「清枝」 1922〜1944?
1941 功一郎誕生
「功一郎」
長崎
「功一郎」
?、
武生
弘
「伸生」1931〜?
1958
多摩美
眼底出血
「捷代」
26才
27才
杉並区 和田
国立市 1972年
狭山
聞いてどうするというわけでもないのだが、物語を、それまでも何度となく、断片的には聞いている話を、いったん整理しておきたいということである。
酒を飲んで、メモ書きなどしながら、それでもほとんど、ぽやーっとしてると、二時間なんてあっという間に過ぎる。
隣のシートの若いカップルは、男性の方が、じつに甲斐甲斐しく、相手に優しく、色々と気遣ってあげており、ゴミを捨てに行ったりジュースを買ってきてあげたり、そのたびにすいませんと言って、僕の前を通り抜けて、行ったり来たりしていて、女性も、男性のそういう態度を当然のように見ながら、堂々と自分本位にしていて、召使とお姫様みたいな、そういう役割分担がきっちりと堂に入った感じだったが、やがて、男性が喫煙室へいって、戻ってきて、しばらくして、うとうとしはじめ、やがてふかく眠ってしまう。
すると女性は、あたかも最初から、そうなるのがわかっていたかのようで、男の方を見向きもせず、静かに窓の外を見ている。それはまるで、はじめからちゃんと準備されていた彼女だけの一人の時間が始まったかのようで、召使が消えたので、お姫様の役も自然に終わって、予定通りに、彼女はその時間を、いつものやり方でふつうに過ごしている感じだった。
そうこうしているうちに、たちまち名古屋で、ほとんど距離が存在しているとは思えないような、あっけなさにおどろく。