昨日の朝、五時起きで出かけて夜の十時かそこらに帰ってきたので、今日になってもまだ朝方リズムの余韻が残っていて、昨日もそうだったけど、今このときも、この時間になってしまうと相当眠くて、こんなこと書いているのも嫌になるくらいに、なかなかのかったるさである。もちろん平日は毎日朝起きて会社に行く生活なのだから、今に限らず前から基本的には朝方だが、でも厳密には無理して朝に身体を起こしているだけだし、夜もいつまでもだらだらと夜更かししがちなので、ほんとうはそれほどストレートに朝方ではない。だから昨日みたいに五時起きなんてことを一度でもしてしまうと、大した時間のずれではないはずなのに思いのほか身体への影響がある。いま両手足も含めた全身が眠気に浸っている感じだ。普段は要するに、夜更かしして朝無理やり起きていると云っても、そのリズムがもう出来てしまっているから、眠気や睡眠不足の不快感とかも、毎日のリズムのなかで馴化されて、寝不足や不快、というよりはある種のパターンに丸め込まれた寝不足や不快さの再現表現というか信号みたいなものになってしまっているのだ。だから今感じているような、まだパターン化されていない本物の眠気は、普段はあまり感じない類のものだ。まあでも、どっちにしても電車で座ったら結局寝てしまうのだからどっちも一緒といえば一緒であるが。


しかし昨日も今日も天気は晴朗で風強しという如何にも三月的天候と言える。去年の今頃もそうだったと思わせるような、暑さ寒さの混ざり合いで、身体への負荷がややあるやつだ。一見おだやかそうでありながらその実不整脈とか呼吸困難に気をつけたい感じの三月的な荒い天候だ。咲きかけた沈丁花、あるいは鮮やかな黄色のミモザを見かけた。真っ青な空が眩しく日の光の路面や白い壁への反射も眩しく目を開けづらく視界が狭くなる。昨日は一日中車に乗っていたけど、車内であの太陽に照らされていると汗ばむほどの暑さで、窓を開けたり空調して、おそろしく気持ちの良い冷気を浴びたりしていた。九十九里浜の波飛沫が岩に当たって砕けてそれが風に吹かれて細かく白い微粒子のように飛散していた。海沿いを離れると、いきなり田園が地平線のかなたまで続いているような景色があらわれた。まったくこれが千葉だ。関東地方の王者である。


今日は松涛美術館で「ハイレッド・センター」直接行動の軌跡を観て、吉祥寺A-thingsで岡粼乾二郎「B-things and C-things at A-things」を観た。そのあと本屋とかでまた色々と買って、わりとさっと帰った。どちらも会場内に入ると、室内外で明るさの差が大きくて目が慣れるまで一分くらいかかった。ハイレッド・センターはあらためて見返していて、時代が60年代だったことを思うと、これはやはり凄いなと思った。よく知らないけどたぶん60年代というのは、じつはこういう感じの時代では、ぜんぜんなかったのではないか、と思うのだけれど、それをとにかく、無意味性にせよ軽さにせよスピード感にせよ、よくぞ、この感じでやれたものだと思った。でも当時の千円札事件関連も含めて雑誌等に残っているような文章がほぼつまらない感じだが、むしろその感じで「理解」されていたのかもしれない。


しかし、ハイレッド・センターに限らず、昔も今もたぶん「直接行動」というのは若者的律儀さ、生真面目さそのものの具現化だなと感じさせられる。いわば、自分から自分へ向けた愛というか、そういうものが確かな支えになっていることの幸福さを感じる。…でも実に、それがなければ、作品なんてものは出来ないし、他人に対する思いとか、優しさとか慮りといった感情も生じないからな。


自分をこんなものだろうと低く見積もってやってるような人は、一見慎ましいようでいて、実のところ情勢が怪しくなるとその手の人間は、真っ先に他人に対して手を抜くのだ。自戒を込めて、そう思いますね。


吉祥寺では、岡粼乾二郎の絵の上手さに今更ながら驚いて、面白くてずっとみてしまった。