開高健「夜と陽炎-耳の物語**」のなかに出てくる酒場。この店いいなあ。行きたい。

そこはいつも開店時刻になると新しいオガ屑をレンガ床にまくので、ヒリヒリと新鮮な松の香りが狭い店内にたちこめ、爽快である。バーテンダーは生まれたときから初老の年頃であったような顔をし、無口だけれど、客をくつろがせる技を上半身に持っているので、一杯のマーティニでいつまでもぐずぐずしていられる。カウンターは古くて、厚い、ありふれた樫材だが、無数の傷と手ずれで革のように光っている。なにげなく肘をついた瞬間にしっとりと吸いこむようでありながらがっしりと支えてくれる。


床にオガ屑をまいてるのは掃除のためだろうからまったく上品な店ではないのだろうけど、松の香りがたちこめてるっていうのが、もうそれだけで食欲、というか飲欲をそそる。ああ、いいにおい。そんな店なら確かに、ジンベースの酒かウィスキーを飲むしかないだろうな。