修理屋


朝になって、まったく電源も入らなくなりウンともスンとも言わなくなったiPhone を持って出社し、横浜周辺の修理屋を調べて、駅の改札脇にある公衆電話でそのうちの一軒に電話を入れた。


「すいません。iPhoneを水没させちゃったんですけど」
「はあ、なるほどですねー。わかりました。ご来店いただければ、拝見しますよ。」
「お店何時までですか?」
「八時まですが、過ぎても多少なら待ちます。」
「わかりました。たぶん20分くらいでお伺いできます。」
「お待ちしてます。でも、場所わかりますか?」
「一応、地図を紙に出したので、それを見ながら。」
「そうですか。わからなくなったらまた電話下さい。でも公衆電話探さないといけないから、ちょっと大変かな。
「まあ、なんとかします。」
「間違えないで下さいね。うち、ビルの五階ですからね。」
「わかりました。」


場所はすぐにわかった。雑居ビルというかマンションタイプの各部屋が店舗になっているような建物だ。それで他の階にも電話の修理屋が入ってるようで、なるほどビルの五階を強調したのはそれでか、と思った。


「ごめんください。さっき電話したものですが。」
「あーはいはい。どうぞ。」


靴を脱いでスリッパに履き替えた。狭いワンルームの間取りで内装がちょっとカッコいい風なカフェ風な体裁で、ゲスト用のソファと椅子があって、中央に木目の大きな作業机があって、それを挟むかたちで店主というか技術者の人がいる。一見年齢不詳だが、たぶん自分と同じくらいの年齢だろうか。服装が若いからわかりにくい。でも、若くはない。


「じゃあ早速見せて下さい。それで、どんな状況でどうなったのか、詳しく聞かせてくれませんか。」
「はい。昨日の夜遅くに、水没して、すぐに水を拭いて、それで中の水を出そうとして、本体をけっこう振りました。」
「ああー、それはむしろやるべきじゃないですね。やるべきじゃないことその一を、やっちゃいましたね。」
「はい。なんかそうみたいですね。で、さらにですね。もう一個やっちゃいけないことをしてるんですけど。そのままバックアップしようとして、iTunesに繋いで、それでも電源落ちちゃって、でもそのまま充電に繋いだまま朝まで置いといたんですよね。そしたら、朝になったら、そのまま死んでて。」
「わー、なんでそれやっちゃうんですか。まあ、はい。わかりました。ちょっと見てみます。」


昨日も書いたけど、ここ二年で修理屋を四回ほど利用した。Appleの正規店ではかなり杓子定規な対応しかしないので、データなど維持したければどうしても在野業者を利用することになるのだが、なんとなくこの、電話の修理業者界隈の人たちというのは、皆それぞれ一癖ある感じで、どの人も面白い雰囲気があるなあと、勝手に思っている。僕もIT業界なのでそれほど違った人種だとは思わないが、なんというか、僕は大雑把に言えば大手メーカーやSIyerなんかの傘下の下請け構造に従属した、もっとも典型的なIT土方を十数年もやっていて、それはもう、自分では自覚も出来ず、よくわからないが、第三者から見たらある意味絶望的なまでにコテコテな、公園のドバトのような灰色をしたサラリーマンなのだと思うのだが、そんな自分から見て、彼らは自分らと同じような感覚を持ちながらも自営業的でもあって、その中間的な、どっちつかずな雰囲気が、傍からみててなんとなくうらやましいような、ぼんやり魅力的に感じられるようなところがあると感じる。


いやいや、修理屋。さすがにそんな、楽な仕事なわけがない。一般客相手で、電話かかってきて、金の受取りして、色々言われるだろうし、めっちゃしんどいというか、大変な商売だろうとは理屈ではわかるのだが、なんか自由っぽく見えるし、なんかボーっとしてる感じがあって、そこがいいなあとか思う。これは完全に自分が勝手にそう思いたくて思ってるだけだ。別に真相とか知らなくて良いし、知りたくないのだ。勝手に勝手なイメージで思い込んでいたいだけ。ちなみにタクシーの運転手にも、ある種のうらやましさを感じることがある。公園の脇で車止めてぷかーっとタバコ吸ってる運転手のおっさんを羨望のまなざしで見てしまう。いやいや、タクシー絶対激務だし死ぬほど大変なはず。それは理屈ではわかっているのだが、でもなんとなく目の前の人物には、そのたたずまいの感じには、羨望を禁じえないという・・・


「どうです?治りそうですか?」
「まだ、わかりません。でもあなた、運がいいですよ。実は僕って、こんな感じなんです。」


傍らの冊子をぱらぱらと見せる。基盤の写真とかが、いっぱい貼ってある。


「意味わかります?僕、基盤までいじれるんですよ。たぶん、日本に三人くらいかな。」
「へー、そうなんですか。すごいなあ。」
「まあ、治る可能性は高いです。でも、いくら腕のいい医者でも、死んだ人は生き返らせることできないでしょ。それと同じです。死んでないことを祈ってください。」
「は、はい。承知しました。」


なんか、意味のわからない、中途半端な自己アピールで、ぜんぜん逆効果というか、いきなり胡散臭さのほうが、一挙に前面に出てきてしまった。難しいものだ。でもまあ、飛び込みで入った店だし、どんなものが出てきていくら掛かるのかは、そのときじゃないとわからないのだから、とりあえずお手並みを拝見しようじゃないか、という気になる。