お前、ここに並んでいる中から、好きな女を選んでいいぞ。

そうか、俺はこの女がいい。

こいつはそう言ってるが、君はどうだい?

光栄でございます。よろこんでお供させていただきます。

そうか、それなら行こう。目抜き通り沿いの店を目指すか。まずは、さっぱりしたものを飲みたい。

ところで俺は、きっとお前がこの娘を選ぶだろうと、ひそかに予想していたのだ。予想は当たった。

そうか、なぜ当たった?

この娘が、お前の奥さんに似ているからだ。

え?由紀子にか?そうだろうか。どこが似ている?

どこがと説明するのは難しいのだが、ぜんたいに、どう考えてもこの娘は、由紀子さんに似ているんだよ。

いや、そんなことはないと思うが。

どうせなら、ついでに言おうか。前から思っていたことだが、由紀子さんは、お前の母君にとてもよく似ている。

何だと?今日の貴様は、先から訳のわからぬことばかり言うな。

つまりお前は、こと女に関する限りきわめて首尾一貫しているとは云えるな。

妻がお袋に似ているなんて…。まるで想像もしなかったが。

なあ君、君の容姿や雰囲気が、その、彼奴の妻でもあり母親でもある女のタイプに似ていて、よくあてはまっているのだとして、そんな風に好みが一貫しているとも云える男について、君はどう思う?

はい。すべての殿方が、ご自身の奥様やお母様に似た人を選ぼうとするのだとしたら、すべての男性がそうなのだとしたら、それは、絶望的でございますね。誰もが、今ここにこうして、とつぜんに佇んでいるこの女とは、あからさまには、けして出会おうとはしないのでございますね。それは寂しいお話かと存じます。でも殿方というのは、そんなものかもしれませんね。

おい、君は嫌われたようだな。

いや待て。しかし妻が母を引き継ぐものだとして、ほんとうにそんな系譜に従って男は女を選ぶものだろうか、出会いにおいて、もっと些細で取るに足りない、しかし爆発的で得体の知れぬ初動の体験というものが、ありはしないだろうか。その未知に対して、あらたな想いが芽吹くようなことが、俺にもかつてなかっただろうか。俺はそれを信じてきたつもりだった。出会いの驚き、恋愛の未知性、俺はそれを信仰してきた、との自覚があるのだが。

それがあらたな驚きであれ、甘やかさへの郷愁であれ、いずれにせよ、双方の思いが一致することは、きっとありえませんわ。私が貴方を見ているとしたら、貴方は向こうにいる誰かを見ているし、その誰かもまた別のところにいる誰かのことを思い浮かべているのでございます。

こうして思いは、ぐるぐると留まることを知らず駆け巡るばかり、というわけか。

母恋し、人の世空し、歌でも歌うか。

ああ、あたし、喉がかわいた。さあお二方とも、お喋りはやめて早く参りましょう。