大沢昌助的光

大沢昌助の作品が具象表現であった時代は大体1950年代までだが、この時代にも素晴らしい作品が幾つかある。たとえば「仕事場」(1954年)の素晴らしさ。ボリューム感と色彩の絶妙さ。なにしろこの人物の左手と右手の、位置と表情、大きさ、画面全体との関係が見事で、こういうの好きだわー…と、絵の前から離れがたかった。たとえばマティスの「ルーマニア風のブラウス」に描かれた組み合わさる手の表現を、昔から自分は素晴らしいと思うのだが、やってることはまるで違うけど、この絵の手もそれに負けず劣らず絵の中で素晴らしい効果を発揮しているように感じる。

展示室の最初にある、20代のときの作品の一枚はセザンヌ風、もう一枚は控えめなマティス風という感じで、どちらも巨匠の作品内容から、取得すべき要素を過不足なく取得していて、完膚なきまでの優等生ぶりである。若くしてこのような作品をつくることが出来るということは、手の技(技術力)もさることながら、つまりセザンヌマティスの作品をきちんと観ることが出来ていて、それらの前衛絵画をわかっていたことを示すだろう。

にもかかわらず、この画家はそちらの方向へ自分の作品を進めはしない。本人の体質というか、大沢昌助的な作品に固有の、光と量感みたいなものがあって、具象画時代の初期から中期にかけては、その固有な感触がずっと追及される印象だ。光と影の、いわゆるギリシャ的な明朗さ、くっきりとした輪郭をもった、均整の取れた健全で湿り気のない空気、フォルムと色彩への指向がどの絵にも強くはたらいているようで、それらを見ていて、個人的にふと思い出したのが、ダリの「内乱の予感」という絵である。

「内乱の予感」は、スペイン内戦の予言であるとは作家本人の弁らしいが、それはひとまず置くとして、この絵のなかの光はおそらくスペインのカタルーニャ地方に降り注いだ太陽の光そのままであると考えても良いのだろうか。灼熱の地面に真上から直射日光が落ちてきて、濃く凝縮された影を落としている。この地域に固有な、気候と気温と空気の触感が「内乱の予感」に描かれたもっとも強いモティーフのように自分には感じられて、それと同質の強烈な直射日光が、日本の洋画家である大沢昌助の具象作品にも充ちているように感じられるのだ。日本という風土において、このような光を描いた画家は、あまりいないと思うのだ。

(ここでダリの絵を持ち出すのは如何にも唐突な感じがするのだが、大沢昌助のとくに人物画に見られる、薄く発光するような縁取りをもつくっきりとした輪郭線と、バロック的に強いコントラストをもった陰影の感じを観ていると、意外にもダリを思い起こさせるのであった。)

(さらに余談だが「内乱の予感」は高校生のときに美術の教科書に載っていたのを、ずいぶん長い時間見ていた気がするのだ。ただ、ぼけーっと見ていただけだが、いまも妙に記憶に刻まれている。強烈な太陽の光と、握りつぶされる柔らかいものと、皺にまみれて捻じれる革紐繊維、暑さと匂いと静寂…。まるであの空間にかつて、実際に足を踏み入れたことがあるかのような、奇妙な記憶の残滓…)

大沢昌助は東京生まれの東京育ちで、生涯一度も外国へ行かなかったらしい。ただ船着き場とか半裸の漁民らしき人物とか、海辺をモティーフとした絵はけっこうあるのだ。これが具体的にどの地域の海辺に取材された絵なのか、あるいは実在の風景に拠らない絵なのか(考えにくいが)、それが気になった。まあ大沢昌助的な光が実在するとしたら、西日本かとは思うのだが。

それはともかく光に対するその独自な感覚こそが、要素として色彩だけに、あるいは線だけにモノを言わせる。あとの余計なものはことごとく取っ払う。それが勝手に自律するに任せる、その構えを画家の晩年に用意した。それを可能にしたのだろうと思う。