天国の門


歯の表面にこびり付いた歯垢を削ぎ落とせ!徹底的に打ち砕け!完膚無きまでに蹴散らして、そしてすべてを洗い流しておくれよ!機械に通電されると、何物かが勢いよく高速回転を始め、ものすごい高周波が、僕の耳を奥底までつんざくのだ。あらがう事を許されず、よだれの糸を絶え間なく引き続け、だらしなく口を半開きにした阿呆面の僕を、まるで子ども扱いの眼差しで見下ろすと先生は言う。「痛かったり苦しかったりしたら手を上げて教えてね。」…返事するなんて無理。既にずっと口を空けっぱなしにさせられていて、僕はもう、ねじ込まれた指と冷たい金属の感触を頬の内側に感じているだけで…。


やがて金属の先端が当たると、奥歯の方から、ものすごい快晴の、北極の海があらわれて、からだ全体が絶対零度の寒さに包まれ、やがてその向こうから、マグマのように熱き痛みがあふれ出してくるんだ!!


…っていうか、これやっぱ痛すぎ。ふざけんなバカ!こんなんありか!?いくらなんでもちょっと乱暴すぎやしないか!?…と半ばキレ気味になるも、ぐっと感情を抑え、みっともないマネはしたくないから我慢してガンバル。頼むよマジ勘弁してよ早くしてよって感じ。


…とにかく目を閉じて全身に強く力を込めて我慢している。顔面とか胸のあたりにすごい発汗してるのに気付く。口元や頬あたりの汗のぬめりを、先生の指も感じてる筈なんだけど。…っていうか、痛みもさることながら、更に耐え難いのは音である。すさまじい高音が聴覚リミッタを叩きまくってそれが何秒も続く。ほとんど意識が飛びそうになる。すいません。痛みはともかく耳栓貸してもらえます?って感じである。もう効果音として迫力満点すぎて…きっと隣に居た小学生くらいの男の子が怯えたのだろう。先生が子供を嘲るようにふふっと笑う微かな声だけが聞こえる。


…痛みとは何だろう?肉体的苦痛とは、一体何か?痛みの只中に居る人を見るのは悲惨だ。人間なんてか弱いもので、痛みに耐えている他人を見ているのが、耐え難いほど辛くて、それで思わず苦し紛れに、宗教とか、ヒューマニズムなどというものを発明したのではなかろうか?だからそれらは、いつも苦痛の只中にある人を救わず、その周囲の傍観者だけを救うのだ。


…とかなんとか、きいたふうな事を書いても何の意味も無い。この現実において今!歯を削りまくってる僕は、まさに徹頭徹尾、痛みの只中にいて、もう僕という存在自体が、痛みそのものとして存在するパーフェクトなスタイルのパーフェクトなスターなのだと思う。奥歯の向こうに突如あらわれた北極海の、心臓まで凍結せしめる冷気と、マグマのように熱く噴き出る烈火の痛みの只中に居て、それ自体を生きる事。仏に逢っては仏を殺し、祖師に逢っては祖師を殺す。…どこからともなく訪れた不思議な力を得て、そっと目を開けてみる。照明がきれい。窓の外の、風に揺らぐ木々がきれい。