Meet Me At The Coffee Shop


チェーン店の、何の変哲もないコーヒーショップに居る。空調の音が「ごーーっ」と低く反響しているだけで、店内はおおむね静かな感じだ。たまに客が来て自動ドアが開くと、もわっとした濁ったような大気とともに、外の自動車の走行音や群集のざわめき等の合わさった雑踏の音が雪崩れ込んでくる。自動ドアが閉まれば、すぐもとの、おおむね静かな感じに戻る。


で、店内のカウンターの内側で働いている従業員の女の子が、あまり抑揚も感情も感じられないような声で「いらっしゃいませー」と、「ありがとうございまーす」と、「おそれいりまーす」のどれかを繰り返し言っている。それが一定感覚で、何度も何度も繰り返されているのを、微かに感じつつ読書していると、やがてその声がただの無機的な音波のように感じられてきて、低く唸る空調の音や、自動ドア開放と共に入り込んでくる雑踏の音と共に「Iiiiiii」、「Aaaaaaa」、「Oiuuuuu」という音が不規則な間隔で鳴っているようで、それを聞きながら、全身を薄っすらと覆う汗の感じが蒸発して消えていくのを感じつつ、僕はいすに座っていて、ぼんやりとしてしまう。


…よく考えたら、僕はもうこの店にずいぶん前から、何度も来ているが、いまだにその従業員の女の子の顔をまともに見たことがない事に気付いたので、そっと盗み見たら、その子はたまたま後ろを向いていて、痩せた首筋や肩を包むシャツの感じや、白いシャツから突き出た細い二の腕の感じが綺麗であった。


ちなみに、今の妻と出会って何度目かのときにはじめて僕は「ああこの人はこういう顔してるんだなあ」と思った記憶がある。それってまあ、ある意味ひどい話なのかもしれないが、でも僕は、最初のうちは、あらゆる判断とかがまったく無理で、他者を感受する部分においても、まあ多少、変質者的でもあるんだろうが、ある意味古い体質を持っているのかも、とも思う。…何が古いのか?自分で書いたくせに良く判らないけど。


昔の日本なんか、見合い結婚が当たり前の時代とかあったのだし、恋愛だって自由ではなかったのだろうし、そういうとき特に女性は(僕は女性の方に感情移入してしまうのだが)、結婚してしばらくして、自分の亭主となった男の顔を、おそらく初めて、まじまじと見る事になるのではなかっただろうか?…まあ、でもそれも案外、悪くないのでは?とも思うが。