「松ヶ根乱射事件」


松ヶ根乱射事件 [DVD]


DVDにて。真っ白な雪原に倒れている女性を俯瞰したファーストショット。倒れている女性を発見した小学生くらいの男の子が傍に近寄ってくる。しばらく見下ろし、やがてしゃがみこみ、動かない女性の胸元をまさぐり、続けてスカートの中にも遠慮なく手を入れる。…無邪気ゆえ容赦のない性暴力(笑)を見て脱力しながら、ああいつもの山下敦弘だなあと思う。


だらしなくて、毅然としたところがなくて、全てにやる気が感じられないような登場人物を観てそれを笑うとき、それはそういう人間の類型に対して、笑っている自分自身にも多少思い当たる部分があるからおかしい、という部分も否めない。自分の弱いところや隠しておきたい事や恥ずかしい事を、そういう駄目キャラが絶妙な距離で呼び起こしてくれると、人はとりあえずわはははは、あるある。とかあるいは、しょうがねえなあ。とか思って笑う。でもこういうのを面白くない、と思う人もいるだろうなあ、とは思う。それは、とりあえず何かが共有されないと笑えない笑いではある。まあ、笑い、なんてみんなそうかもしれない。


とにかくヤクザの木村祐一にせよその連れの川越美和にせよ父親の三浦友和にせよ兄の山中崇にせよ春ちゃんにせよ、とにかく本作に出てくる登場人物は皆、かなりどうしようもない人々なのであるが、こういう山下敦弘的駄目人間な人々の面白さはいつもの事ながら本当にものすごい。いつも、そのような期待されているだらしなさ・みっともなさ・滑稽さをきっちりと表に表出してくれてありがとう。彼らはいつでも、どこまでもこちらの期待を裏切らない。で、それを笑っているうちに観ているこちら側に薄っすらと感じられてくるのが、日本の田舎というニュートラルな論理とは別のシステムが稼動している場の空気である。逆に云うと、本作のギャグを笑うとき笑う自分の脳裏にいつも絶えずその空気が感じられてその中で笑っている。だから、他の(ぜんぜん別の世代の人とか、何かそういう空気を共有した気になってない人とか)がこれを観て、やはり同じように面白がるのかはよくわからない。例えば単に不快に思うだけの人が居てもおかしくないだろうとも思う。(妙な人を笑う、というのはいつもキワドイ。妙か否かを判定する基準が大変不安定なものでしかないからだ。本作には未出演だが山本剛史くらいはっきりしたヤバサのキャラが居たら、もう確実に不快指数が跳ね上がるだろう)


あと90年代半ば(おそらく1993年?)という設定の必然性があまり強く感じられない。というか何か云いたげな感じなのだが僕にはよくわからない。まあ単に当時の痛い歌謡曲をBGMに流したかっただけではないか?という感じもあるが、それ以外に理由があるのだとしたら、これはおそらくこの映画の作り手固有の事情であって、何かかつての悪い思い出というのか、引きずり戻されて絡め取られてしまうような恐怖を伴う磁場としての時代だからなのかな?とか想像したりもした。あるいは95年(オウム)とかをすごい微妙に予感させるとか、まさかとは思うがそういう事かもしれないとも思うが、もしそうだとしたら全然そういう感じはしない。(川越美和のこれっていじめじゃないですかぁ〜弱いものいじめじゃないですかぁ〜、という云い方はちょっと当時幹部だった女性信者っぽかったけど)


何か見ていて、本作にはどうも、いつもの山下作品とは別の、妙な暗さというか不思議な陰惨さの感じがあるなあと思っていたのだが、それは新井浩文が登場人物の中でもっともまともで聡明であり、かつそれがそのまま分かりやすいカタルシスもなく静かに狂っていくからであろう。最後にちょっと笑えて済むかどうか?という感じ。


新井浩文という俳優はちょっと好きだ。この人の出る映画なら大体観る!という程ではないが、出てると「おぉ」と思う。簡単にVシネマとかに吸われてしまうような単純さではない、まだフレッシュな不定形な怒りを感じさせるところが好き。新井浩文をはじめて観たのは「青い春」の不良役で、その後「赤目四十八瀧心中未遂」とか「ゆれる」とかでも観ていて、とりあえず観た限りではお話中のどこかで、かなり本気っぽい怒りの表情と気合の入ったモノの云い方を聞かせてくれるような役者だと勝手に思っていて、そういうイメージが本作ではあんまり無かったのがやや残念に感じたのだが、これはまあ勝手に期待した僕がいけないのだが。


…というか、僕は結構、後半の新井の壊れ方には他人事とは思えないようなちょっとした迫力を感じて、壊れていく過程の描写が映画としてはあまり迫真性を伴って描かれていないとは思うものの、それが逆に良いと思えたのだが、普通の声色で「元から根を絶たなきゃ駄目なんだ」と語られるような言葉とか、車中で運転しながら「ブッ!!!」とゲロを吐いてフロントガラスを汚して、泣き言を言っていた兄が「うぉー!大丈夫か大丈夫か?ちょっと休めよいいからさあちょっと止まって休もうよ」とか何とか異常ないたわり方に豹変する辺りとかはすごい好きである。ってか、むしろこういう追い詰められる感じって、90年代とかじゃなくてモロに「今この時」のリアリティのように感じてしまう。あー壊れるときってこうかも。とか若干だけ思うし。