「砂漠の流れ者/ケーブル・ホーグのバラード」


砂漠の流れ者/ケーブル・ホーグのバラード 特別版 [DVD]


かつて自分を死の淵にまで追いやった二人組を罠にはめ、遂に念願の復讐の時が訪れたとき、こいつは相変わらず人を撃てないだろうとタカを括って油断したひとりが予想に反しケーブル・ホーグの銃によって撃ち殺されてしまうと、もう片方の男は死の恐怖に恐れおののき、云われるがままに所持品を捨てて服を脱ぎ下着姿になって命乞いをする。砂漠を歩いてそのまま立ち去れという命令に、イヤイヤをして幼児のように泣きわめいて、助けてくれ許してくれあれは全部あいつのせいなんだ俺は云うとおりにしただけで逆らえなかったんだと命乞いをする。砂漠を行くのだけはどうしてもいやだ云われたとおりに歩いたらすぐ干上がって死んでしまう。その涙に濡れて醜くゆがんだ情けない泣き顔とよるべない無様な姿。


そんなとき突然、彼方から妙なものが近づいてくる。自動車である。馬がなくても自力で走れるという、4つの車輪で自走する機械だ。ケーブル・ホーグはそのとき自動車を生まれてはじめて見たのである。なおも相手に銃口を向けたままの只ならぬ局面だというのに、一瞬あっけにとられつつホーグはそれを凝視する。「なんて無様なものだ」という呟きが第一声。その自走する箱型の機械は、砂漠の凹凸に激しく揺すられつつ、それでも不可視の力に制御されて着実に推進を続け、幻想の如く悠然と目の前を通り過ぎていく。


ホーグの様子を見た男は今がチャンスとばかりに、ピンチを打開すべく全力でその場を走り去り、行き過ぎようとする奇妙な乗り物の搭乗者たちに藁にもすがる思いで助けを乞う。殺されそうなんだ助けてくれ!…しかし試みは無駄に終わり、取り残された男はまた振り返って相変わらずの醜悪な泣き顔のまま、元の銃口の先までとぼとぼと戻りつつ、もう一度ケーブル・ホーグを前にして、命乞いの交渉を再開するしかない。…しかし復讐はそこまで。彼は唐突にホーグから許され、あれよあれよという間にかつての仲間たちも戻ってきて、映画を終わらせるための準備が始まる。


馬に引かれてないのに勝手に走る箱としての「自動車」。古いものにとって「新しいもの」とはおそらく常にこのように、とても無様で野蛮で無神経で滑稽に見えるものなのだろうし、まるで頭部がもげているのに通常通りうろついてる生き物みたいな気持ち悪さも併せ持っているのだろう。そしてあろうことか、その怪物に冗談のように音もなく圧し掛かられて殺されてしまうケーブル・ホーグであった。


砂漠を背景に、華奢な金色の柵のベッドと周囲を取り囲む恐ろしく統一感のない連中たちとの最後のシーンは本当に素晴らしい。そうとしか云いようがない。ホーグの交友関係はとてつもなく大らかでゆるく、それぞれの人物は基本的に自分のやりたい事しか考えてなくて、ホーグの元に一時的に滞在するが、またすぐにフラリと去っていくような感じで、所謂「いいやつ」ですらなく、相応に勝手な連中ばかりなのだ。それが最後の感動的な感じに混ざり合い、所謂「泣ける」ようなわかりやすい空気に淫するのを許さない乾いた爽やかな後味を残す。