「青の稲妻」


青の稲妻 [DVD]


DVDにて。妙なオペラを絶唱している男の居る薄暗い部屋から繋がっている荒んだ雰囲気のビリヤード場でタバコの煙をくゆらせ、次の場面ではダンサーに扮したチャオ・タオが観衆と嬌声に満ちた簡易ステージで何とも胡散臭い紹介と共に異様なまでにチープなダンスを披露する。…この冒頭シーンの密度だけでもはっきりと並のレベルではない雰囲気が濃厚に漂う。まず主人公である二人の男の顔が素晴らしいと思う。こんないい顔をしたヤツらをウロウロさせれば、そりゃ面白くもなるだろう。チャオ・タオもイベントやらキャンペーンやらのにわか作りの青空ステージを回るドサ回り稼業の荒んだオーラが醸し出されていて素晴らしい。チャオ・タオは全編に渡って、ある箇所ではすごいブスにも見えれば、またある箇所では息を呑むほど美しくも見える。


…前、ジャ・ジャンクー「世界」を観て、正直あまりよくわからなかったのだが、何というか、本作を観てから「世界」を観たら、感想もまた違ったものになったのではないかという気もしなくもない。この映画から「世界」へと流れていくのは非常に良くわかる。というか、「世界」はまるで本作の続編のようではないか。本作での荒々しい風景、過剰なまでの喧騒・崩壊・歪み・再建が繰り返される舞台が、「世界」では一見極めてソリッドで抵抗感のない薄っぺらなマガイ物に替えられているのだ。


色々と素晴らしい箇所は多いが、とりあえず音楽の素晴らしさ。というより音というものに対する繊細さが素晴らしい。爆発事件の爆音は、あの音がそれまでの母親と息子の対話や何とも云えない雰囲気と無理矢理つながるように発生して、その違和感に驚くし、振動と共に延々続くバイクのエンジン音も、まるで排気ガスがこちらに匂ってきそうな程だ。あるいはチャオ・タオが踊る俄かステージのチープなPAシステムから鳴り響く完全に音割れした大音響のペラペラな音トラックの素晴らしさはどうだろう。ディスコのダサ過ぎる四打ちと云いカラオケと云いあのテーマ曲と云い、とにかく音に纏わる箇所が一々素晴らしくて思わず、これは音楽映画だ、ジャ・ジャンクーの映画は少なくとも僕が観たものはすべて、音の映画なのだと云いたくなってしまう程である。音楽でも効果音でもマイクが拾った雑音でも何でもいいのだが、とにかく音が与える効果について細心の注意を払っている。…それは音そのものに対する繊細さというよりは、音が鳴る事で空間や時間にどのような影響を及ぼすのか、という事について驚くほど何かを仕掛けられる才能を持っている、という事なのだと思う。歌謡曲が一体どのように響くのか?携帯の着メロが一体どのように響くのか?ジャ・ジャンクーほどその音が及ぼす効果に繊細な耳を傾ける事が出来る人も稀だろう。