恨み節

もともと維新前後の歴史には尊皇佐幕という単純な二元論では解釈のつかぬ点が少なくない。より正確にいえば、それは幕府、薩長連合、土佐および肥前の、どのプログラムによって外圧に対する国論統一をはかるかという競争であり、その過程におけるきわめてマキャヴェリスティックな権力闘争である。今日の歴史家が、この事実を的確にとらえ切っていないのは、彼らが知らず知らずのうちに薩長の視点から歴史過程を見ているからであろう。しかし歴史は単なる勝利者の記録、あるいは「正義」の実現の記録ではない。薩長の視点から日本の近代史をとらえることも、「民衆」の立場からそれを記述することも、ともに歴史を生きた有機体にしているなまなましい要素を切り捨てる結果を招きかねない。歴史を生かしているのは実現されなかった恨みの集積である。それは「正義」でもなければ「不義」でもない。人間が人間でしかない以上どうすることもできぬある暗い力の所産である。(江藤淳 「一族再会」78頁)


もちろん「それは恨みの所産さ」と口にする事でも、「的確」に事実をとらえ切れてないのはいうまでもない。やはり、何らかの罠にはかかっているのだと思う。しかし「暗い力の所産」なんて、一番タチの悪い罠ではなかろうか…。でも、やはり、その罠にならばかかってもいいや、と思えるような罠があるのだろう。ていうか、どうしようもない宿命的なものを盾にして世界を紡いでゆくという方法の有効性をまだ強く信じているのだと、未だにこういう文章に強く反応してしまう自分は思う。でもまあいいやその罠にはあえてかかってやってんだ!やってんだけど、でもいっとくけどオレは転んでも只じゃ起きないよ、と固く決意して、あえて自ら足をさし入れて、その罠にかかるのだ。それが一番正しいのだ。というか、もう何年も月日がたって、年齢も重ねて、それでもそう思うなら、もうどうしようもない、というたぐいの気持ちで、何かの罠にかかっている自分を信じるしかないのだろう。…なんてヤケに力込めた風に書いてもバカバカしいといえばバカバカしい。まあ、もう真夜中だしほかに書くこともないしね。