蘇我


新松戸で電車を降りてホームを歩くと前方に武蔵野線に乗り換えるための階段が見える。その階段を上りきると、電車がすでに停車していて、開いたドアから人が乗り降りしているのだが、行き先を見ると目的地の方向とは逆方面行きの電車なので、それには乗らず、左右を見回して反対方向のホームに行ける道を探すのだが、どうも見当たらない。電車が行ってしまうと、その向こうに反対方面に行く方のホームもちゃんとあるのだが、そこにどのようにして行けば良いのかわからずしばし考える。そのうち、今降りた常磐線と、この武蔵野線が、十字のかたちで交差しているという事を思い出して、という事は、ああそうかと思って、さっきまで上ってきた階段を一旦下りて、常磐線のホームに戻って、そこからもう少し歩いたら、やはりもうひとつ階段があって、そっちが反対方面に行く方の階段だったので、それを上って、やっと正しい方のホームにたどり着いた。


しかしその後、千葉駅で乗るべき時刻の電車に乗り遅れたので、駅員に次の電車の時刻を聞いたら、驚いた事に今から一時間後だという。そんなに本数が少ないとは思わなかった。とりあえず他に行く方法はないのか?と尋ねたら、特急電車もあるにはあるが今日は休日でやってない。…あ!ちょっと待って、出てるかもしれない、と言って、駅員は時刻表の分厚い冊子をめくりだし、後ろの事務の女性にあっちにある最新のやつ持って来てと頼み、2冊くらい持って来てもらってさらにページをめくって調べ始め、僕の後ろには他にも駅員に用事のある乗客や清算したいらしい客が後ろに並び始めたので少し身を避けて後ろの客を先に行かせながらなおも待つと、やがて駅員は、蘇我駅から12:09に特急が出るからそれに乗れば12:56には着きますよ。ここから行くより少しは早いよ、と教えてくれた。特急券はどこで買うのかと尋ねたら自由席に座って車内で買えと云う。なるほどわかりました、ところで蘇我駅に行くにはどれに乗れば良いのか?とさらに尋ねたら、駅員はこいつ自分の目的地について完全に何も知らないんだな、という顔で一瞬僕の顔を見た後、蘇我駅はえーっと今から10分後に5番線から出ますよ、と教えてくれた。


千葉駅から5番線の電車に乗ったら、蘇我駅にはすぐ着いた。15分もかからなかった。この後、たぶん特急電車が来るはずだがそれまで1時間近くあるので、仕方が無いので一旦改札を出て、駅前をふらふらと歩いた。パチンコ屋とファーストフード店と、不動産屋と携帯ショップと、その他がある、何の変哲もない郊外の駅前で、つまらないのですぐ駅に戻ったら、電光掲示板にはたしかに5番線・特急さざなみ・12:09、という表示が出ていた。5番線で電車が来るのを待っていたら、誰かがいきなり話しかけてきて、「すいません…ちょとお尋ねしたいんですけど。千葉駅に行くのって何線かわかります?」と尋ねられた。……千葉駅…。。僕は少し戸惑い、とりあえず真上の掲示板を見た。特急、勝浦行き…と書いてある。これから僕はこの特急電車に乗るのだ。まさかこの特急は千葉駅には行かないだろうと思う。じゃあその反対のホームなら千葉へ行くかと思うが、行き先の駅名表示を見ても千葉という文字がない。というか、そこに千葉と書いてあれば相手だって見知らぬ人間に尋ねる間もなく気づくだろう。…とりあえずどれが千葉行きか、わからない。でも僕はたしかにさっき、千葉からここまで来たのだ。


「えっと、たぶんこのホームじゃないと思うんですけど。」という。内房とか外房とか言う言葉が頭を駆け巡ったので「えっとこっちじゃなくて…ウチ、いやソトかな?いやウチ、の方かも」と言ったら、相手は聴き間違えて「あー。こっちじゃなくて。一番線ですかね?こっちじゃないですよね?」と言うので、僕は「えと、はい。一番線かわかんないですけど、でもここじゃなくてたぶん別のホームだと思うんですけど…いや、でも僕あんまりわかんないんですけどね!!」と言って「でも千葉駅はここから近いですよ!たぶん二駅か三駅くらいですよ。15分くらいですよ」と伝えた。それだけが、僕が相手に伝えることのできる唯一の確かな情報だった。相手は微笑んで肯きながら、「いや!すいません、わかりました。ちょっと向こう見て確認してきます。すいません!」と言って立ち去って行った。


今この僕はものすごく愚かな人間で何の役にも立たないと思って、しばらく一人でくすくすと笑ってしまって、電車が来るまでの間、こみ上げる笑いを噛み殺していた。