ゴスペルをうたう 〜George AdamsからAlbert Aylerへ〜


むかしGeorge Adamsの「Ballads」というアルバムがあった。George Adamsはテナーサックス奏者で1992年に他界した。MtFujiなどのジャズフェスティバルによく参加していたことなどから日本でもよく知られていたジャズミュージシャンであった。


「Ballads」はアダムスのディスコグラフィーからバラード的な曲ばかり寄せ集めた企画盤で、アルバム的にどうこういうようなモノではない。しかし僕は90年代半ば、これをさんざん聴いていて、なぜかというと当時バイトしてたところに、このCDがあったからなのだが、ずいぶん何度も聴いたものだ。George Adamsは大好きで、僕にとってジャズという音楽は、George AdamsがDon Pullenとやっていた演奏から感じさせられた快感の影響が結構でかいと思う。


で、先日あたりから、その「Ballads」のことをふいに思い出して、妙に聴きたくなって、あのCDを何とか入手できないかとインターネットで探してみたのだが、これがなかなか難しそうなのだった。希少盤だから、とか名盤だから、という訳ではなくて、逆に、あまりにも無価値な盤であるがゆえ、購入はおろか、いつ発売されたもので、どういうトラックリストだったか?という程度の情報すら見つけられない。かつてそんなアルバムが存在した事自体、確認が難しいほどだった。むしろレア物とか歴史的価値のあるものならかなりの確率で(価格はともかく)入手可能だが、無価値なものの入手はいがいにも難しいのだとあらためて思った。


とはいえ、前述のとおり「Ballads」は他アルバムからの曲を寄せ集めた企画物なので、聴きたければ他アルバムの当該曲を並べれば良いだけである。幸い、現在はGeorge Adamsのリーダ作や代表作はダウンロード販売iTunesストアに結構な品揃えで揃っている。これらを片っ端から試聴して、記憶を頼りに「Ballads」のトラックリストを思い出してみた。とりあえず「そうそう、これこれ」と思った曲は下記の通り。


His Eye Is On the Sparrow
Triple Over Time
Send In The Clowns
Nobody Knows the Trouble I've Seen
NewComer; Seven Years Later
God Has Smiled On Me
Sing Me A Song Everlasting


おそらく曲順とかは違うと思うし、この他にも収録されていた曲もあったと思うが、とりあえず自分が好きだったのは上記あたり。まさに泣きの匂いプンプンな、コテコテのバラードで、我ながら「演歌かよ」と突っ込みたくなるほどの「イナタい」感じであるが…。


で、「Sing Me A Song Everlasting」はアダムスのナンバーの中でも有名な曲で、さすがにこれは所持しているのだが、それ以外の曲を調べていて、これらが大体みんな有名なゴスペルとかトラディショナルなので、それぞれの曲をYoutubeとかで探すと、アメリカの大御所の歌手が同曲を歌ってる映像がけっこうたくさん見つかった。で、しばらく「それらの曲を聴き続ける大会」になった。


「His Eye Is On the Sparrow」はLauryn Hillが歌ってる。ものすごく感動的である。「Send In The Clowns」はJudy Collinsが。アメリカの良心みたいな感じでやはり感動。。「Nobody Knows the Trouble I've Seen」はLouis Armstrong。これはマジでやばい。後半のトランペットの旋律が、まるで稲妻のように空を引き裂いて降り注ぐところとか、本気で泣ける。「God Has Smiled On Me」はRev. James Cleveland。これぞゴスペルだよ。実はアダムスの「Ballads」でもこの曲が一番好きだった。


で、そんな感じでYoutubeを漁っているうちに、たまたまAlbert Aylerが演奏している「Nobody Knows the Trouble I've Seen」とか、あと「Swing Low, Sweet Chariot」を見つけた。これがまた…。ものすごい演奏で驚かされてしまった。「Swing Low, Sweet Chariot」といえばWoodStockのJoan Baezだが、この歌が醸し出している神々しさとはまた別種の何かが、Aylerの演奏にはある。というか、これを聴いてしまって結局、George Adamsの「Ballads」を巡る探索がそのまま、Albert Aylerサウンドをひたすら聴き漁る状態へと移行してしまったのだった。


アダムスがトラディショナルやゴスペルを好んで演奏した原因として、アイラーの「Goin'Home」というアルバムの影響がかなり強いのでは?という記載がウェブのどこかにあったが、これは本当に頷ける話だ。というかアイラーの「Swing Low, Sweet Chariot」が醸し出している感じというのは、アダムスのそれ系演奏がやってる事を完全に先取りしているとしか思えない。実は僕は、このたびアイラーの「Goin'Home」というアルバムをはじめて知った。僕にとってアイラーといえばそれまではEPS関連とImpulse関連各数枚しか聴いてなくて、それでなんとなくアイラーのイメージを持っていたのだが、今回(CDもレコードも入手困難ぽいので)とりいそぎiTunesから購入した「Goin'Home」を聴いて、それまでのアイラーのイメージが完全に刷新されたというか、むしろ今回はじめてアイラーの音楽を初体験したというか、モロに間近で鳴るような体験をさせられたようにさえ思えた。その後で元々大好きだった「グリニッジヴィレッジのアイラー」の一曲目とか、Ghostの入ってる有名な「Spiritual Unity」も聴き直したのだが、これもまさに、完全に出会い直した、と云う位、強烈なものだった。


アイラーのサウンドは「生々しくて」「感情的で」「激しい」という形容が付される事が多いけど、実はそれは「生々しさ」「感情」「激しさ」といった要素がすべて朽ちた状態から、唐突に、出し抜けな勢いで始まっているのだ。それは恐ろしいほどシンプルで場の空気に頓着しない、野蛮で粗野な行為だ。というか、それは絶望的なまでに、単なる金管楽器の音色でしかないのだ。ミニマル…というか、ほとんど唯物的だ。音それ自体でしかないのだ。…とか何とか、こういうのを言葉で書いても手垢にまみれた言葉にしかならない。…でも要するに、アイラーの「Ghosts」とか「Wizard」とか「Spirits」とかは、全部、ゴスペルなのだ。ゴスペルをうたっているのだ。僕がわかったというのは、そういう事が、理屈じゃなくて、わかった、という、そういう感覚のことを言いたくて言っているのだ。


という事で、アイラーの旋律が頭の中に鳴りっ放しのまま、連休も終わる。