笑う二人


電車の中で隣り合って坐っている仲の良さそうな若い男女二人。かすかに幼さの残る目鼻立ちのくっきりとした顔立ちがお互いよく似ていて、姉弟かと思ったけど、たいへん仲睦まじい様子なので、知り合って最近仲良くなったばかりのようでもある。お互い澄ました顔で見合って、しばらくそのまま見つめ合って、そのうち笑い、何か一言か二言話すして、また笑い、また話して、一言がすむたびに笑う。何かを考えるかのように、お互い下を向いて、ふたたび顔を見合わせて、ぷっと吹き出して下を向いて、ふいに、素の気分に戻ったように、二人とも正面を見つめて黙って、しかしまたふたたび、互いの顔を見合って、何か話して、お喋りが終わらないうちに笑い、そのまま何をしても、何を言おうとしても、相手が目に入ると、思わず笑い出してしまい、お互いを見て、互いに相手の様子や態度を見て、自分も笑うと相手も笑うのがますます面白くて、その相手が見ているのがこの私だという事もあって、私も相当バカみたいだというのはよくわかっていて、そういう私を相手の目が見ているのを想像すると、ますます面白くて、とにかく今は、互いを見て笑うしかないという気持ちに振り回されている、そんな二人という感じ。


相手のことを考える前に、既に相手が存在していることの面白さ。夢がかなってしまった事の、笑いを抑えきれない可笑しさ、希望がすべて実現してしまった事の馬鹿馬鹿しいくらいの滑稽さ。転移の対象が、目の前に近すぎて、それじゃああまりにも近過ぎるだろ!とやたらハイテンションで一人突っ込みしてる私の相当寒くて痛い感じ。寂しい私の、心臓の鼓動の早さと喜びと不安がないまぜになったような胸の内に広がる暖かみが、もしかしたら目の前の相手と実のところ何の関係もないのでは?と、ふいに醒めた気持ちで思う瞬間。目の前の相手のイメージの平板さが、それまでの、私なりに考え続けた沢山の考えの複雑な積み重なりを何度も上書きして台無しにしてしまう事の信じがたさと、でもそれを望んでいる私の気持ちのわからなさ。それをこのままずっと繰り返していて、だんだんバカになっていくような気持ち。