足立48

ドアの空く音がして、店主がそちらを向いて、よお、と声をかける。入ってきたのは若い男二人だ。めずらしいと思った。若い人はあまり来ない店だと思っていた。座っている自分の後ろを通り過ぎるとき、少し僕の背中に当たって、僕が少し椅子を前に引く。一人が軽く頭を下げる。こちらも軽く会釈する。相手の様子で、手前の子は人なつっこいタイプだろうなと察せられる。もう一人はつっけんどんでクール、他人と目線も合わせないようなシャイな感じだ。

若いなあと思う。いくつくらいだろうか。十代ではないだろうけど、そうだとしても不思議じゃない。そしてオシャレだ。かなり派手目な服装。髪の色、ピアス、アクセサリーの類、着てるシャツの形と柄、全部キレイに計算され、きっちりコーディネートされている、ズボラさやいいかげんさが全くない。手前の人なつっこい方はサングラス、奥のクールな方は、まあなんと顔立ちの整った、肌に張りのある、まるで彫刻みたいなルックスの子だろうか。その細やかな肌理、化粧してるのかも、まるで女の子みたいだ。でも眉や頬骨のぐっと持ち上がった骨っぽさは、たしかに男の子だ。二人とも生ビールを注文して、店主と楽しげに喋ってる。話題はやがて、しょうもない下ネタへ変わる。ああでも、若い子の下ネタとおっさんの下ネタでは、ぜんぜん違うと思う。厳密に言うと若い男の下ネタは下ネタではないと思う。手っ取り早くその場のセコイ共有を得たい場合に用いられるのがおっさんの下ネタで、若い子がそれを言うのはそれが本人の興味・関心・欲望だからだ。笑ってはいるけど、ネタではない。しかし店主はあきれた顔でこちらに顔を向けて、すいませんねえ、まだこんな早い時間なのに、若いからなあ、と苦笑するので、僕もはははと愛想よく笑って、ねえ、すごいですねえ、すごく元気いいや、と返すと、若い二人も、ははははと照れたように笑って、すいませんでしたと、ぺこぺこ頭を下げてお詫びの格好でおどける。

店主と若い子がわいわい喋ってるのを、少し離れた僕がおおむね黙って聞いてるような感じだった。店主は僕からみたら若い人なのだけれども、若い二人相手に喋ってるときは当然お兄さんっぽい雰囲気になる。ああ、カウンターで飲んで、こういう兄貴的な先輩的な店主と喋ってる感じだな、と思う。聞こえてきた会話で、若い二人はどちらも二十一歳、店主が三十六歳だと知る。お前らと俺でこれだけ違うからね、干支が一回り以上だからね、と店主が笑う。それを聞いて僕はひそかに慄く。僕はこの店主と同じ干支ということになる。きっちり一回り違うのだ。ふいに、それを口にしたくないと思う。話題がそんな展開になってこちらに飛び火しないことを祈る自分がいる。こういうことは珍しいのだが、一人で飲んでいて軽いアウェー感を感じた。店内は僕も含めて和やかだし、居辛さなんて微塵もないのに、突如として自分だけ場違いな場所にいる気がしてくる。

唐突に、約二十年前の自分と妻の結婚式の二次会に、親族では父親だけが会場についてきたことを思い出した。二次会の参加メンバーはあのとき見事に自分らの友人だけだったので、二十代、三十代の占める人間のなかに一人だけ六十歳のおっさんがいたわけだ。父は元々騒がしい場所で騒ぐのが嫌いではない人だったので、あれをアウェーだと思ったのかどうかはわからないが、でもさすがに途中で、俺はもう帰るわとか言って中座したんじゃなかっただろうか。あまりよくおぼえてない。いずれにせよそのときの父にも、今自分が感じたこの場違い感が襲ったのかどうなのか、本人も亡き今となっては誰にもわからない。

若者とは、あの若い彼らは、いわば美しくて眩いので、たぶん僕は、彼らともっと話をしたい、彼らに近付きたいという気持ちと、僕は、彼らからできるだけ距離をとりたい、同じ空気を吸いたくないという気持ちが、相半ばする。

幸いと言うべきか、泡、白、赤とグラスで一通り飲み干しアペタイザーも皿から消えたタイミングだったので、会計した。どうも、お先に。と若い二人に挨拶したら朗らかな返事が返ってきた。店主はドアまで見送ってくれて、またお待ちしてますと笑顔を見せた。ご馳走さま、どうもありがとうと御礼して、目の前の横断歩道が丁度青だったので僕は早足で歩き去る。

四十八歳…。シャレにならねえなあと、今まで何度も思ったことをまた思った。四十八歳、四十八手?違う。もっと砂みたいな、乾いた豆腐みたいな、目もあてられない、何でもないもの、すべてを醒まし、心を凍てさせ、乾かしてしまう、当社開発の最新技術、抜群の吸収力を、ぜひお試し下さい、何もかも遅い、何もかも無駄だ、手の施しようがない、すべてが手遅れだと思う。