船旅


いきなり船旅が始まる。いきなり船酔いが始まる。広大な画面をどこまでも均一な小さなタッチの集積、そのストロークがあたえられたすべての平面上覆い尽くす抽象絵画のような明け方の空からの光を受け止めて光る太平洋の水面を見つめている。朝の九時から読み始めた本を夜の七時に読み終わって一息ついて夜の簡単な食事をして適当にテレビなど見て、その後さて何か別の本を読むかと思って適当に手当たりしだいにぱらぱらとめくって最初の一ページくらい読んでみてまた本棚に返してまた別の一冊をぱらぱらとめくってみて、などとだらだらやっていて、そのうちある本を開いて受けた感触に身をあずけてある流れに引っ掛かってそのままずるずるその場でそのままの姿勢のままで読み始めてしまって今日一日の事とかさっきまでの事とかがふたたびすべて遠い過去の事になってしまって何もかもがすべて一からやり直しのように、ふたたび物語のたちあがりにいまの自分が付き合っていて、性懲りもなくまたそこから出し抜けに新しい旅が始まって、そこでいきなり船旅が始まって、いきなり船酔いが始まり、甲板を波が洗い、大時化のぎしぎしと軋む船室でテーブルの上の皿やグラスがすーっと移動してがちゃんと床に落ちて割れるのだ。休日に本を読むのが面白いのは一冊目と二冊目の断層がとてつもなく深いことだ。いや深いどころか、それは文字通りの断層で一冊目と二冊目のあいだにはおそらく地続きな領域がない。一冊目と二冊目が存在する時点でそれは一日という単位にまとまらないことになる。始まってしまったら、そのままどこまでもか。まあまだなけなしのゆとりで他の本を開いてみるのも悪くはないが。贅沢にツマミ食いの不毛だが如何にも休日らしくてこれはこれで、まあこんなものだろうと思う。