A.O.R.


店の中は薄暗い。そしてバスの車内みたいに奥へ細長く伸びた空間である。右手にカウンターがあって、左手に窓があって、窓際に貼りつくような感じで二人がけのテーブルが手前と奥に並んでいる。窓側から光が差し込んでいる。カウンターの椅子とテーブルの隙間は人が通り抜けるのも大変なほど狭い。


手前の二人掛けの席に座る。座った視点から店内をあらためて見回す。白い壁と黒い木製家具で統一された渋い内装だが、かなり年月が経っているようで、白い壁はくすんでベージュに変色している。照明は少なく、店内のいくつかの箇所にある電球照明が間接的にその一帯を照らしているだけであとはほとんんど窓から入ってくる自然光だけである。カウンターの上には皿やグラスなどの食器類が積み重ねてあるが、自然光に照らされているのでモノの陰影が深く感じられる。


座っている自分の視線の先の上の方にスピーカーがある。店内に比して大きめスピーカーだ。壁付け用の形ではなく天井と壁の境の部分に取り付けられた棚状の土台の上に乗っている。もう片方はどこにあるのかと思ったら、丁度自分の頭の上よりもやや後方にあった。


カウンターの向こうで、何か大きな鍋の蓋が開けられたらしく、湯気が盛大に立ち昇った。流しにお湯の流される音がして、もくもくと湯気が上がり続ける。カウンター側の頬のあたりに、かすかな熱気さえ感じられる。何か仕込んでいるのか、鶏ガラベースの、煮詰めたスープのような香りが店内にひろがった。


この店ではレコードがかかるようだ。針がのるボツっという音がスピーカーから聞こえた。しばらくパチッ、パチッ…と、盤の傷をレコード針が拾うときの小さく爆ぜたような音が聞こえ、やがて曲が始まった。結構いい音。音がでかい。なんとも「イナたい」感じのイントロ。絵に描いたようなAORだ。でもなかなかいい感じ。


レコードジャケットがカウンター脇にある真鍮性の出っ張りのところに置かれた。Ned Dohenyの"Life After Romance"だって。タイトルもジャケもすごいな。今かかってる曲は「Whatcha Gonna Do For Me?」チャカ・カーンがやってたヤツか。ドラムのゆったりしたズンタンズンタンに包まれて、心地よさとうんざりな気分が混ざり合う。


次の曲「Love's A Heartache」でいよいよ本格的に嫌になってくる。こういう音楽を録音するってどういう気分なんだろうか。まさに、寂しい曲。文字通り、寂しい気持ちにさせる曲だ。寂しさへの感情移入ではなく、その曲の寂しさが移るというような意味での。でも、うまく言えないが、それでもさほど悪くはないと感じている自分でもあるのだが、これは何とも、どうにも表現のしようがない気分だ。このサビ部分のダサさとか、ほんとうにすごい。でもそうやってわざわざことさらに言うほどのものでもないのだ。言うに値しないのだ。全然、内側からちからで圧してくる音楽ではない。良いとか悪いとか言ってる僕がお門違いなのだ。


まな板の上を叩く包丁の音。たんたんたんたんたんたんたんたんとリズミカルに聞こえる。何かステンレスの容器がカチャカチャとぶつかり合って、ガサガサとビニールのようなポリエチレンのような袋同士の擦れ合う音がして、やがて冷蔵庫の扉らしきものがばたんと閉じられる音。


三曲目「'Till Kingdom Come」これも相当なもの。しかし、なんてダサい曲だ。ベタベタに感傷的で角のまったくないファミレスみたいなアレンジ。無神経なシンセの音。夕暮れ時に砂浜でサーフボードを磨くアロハシャツの男の写真の、あのジャケットそのままの曲。化学調味料でできたような曲だ。


四曲目「Follow Your Heart」


あ、終わった。四曲目でA面が終わったみたい。レコードの針がぬーっと中心に向かって動いていくときの音がして、プツッ、プツッ、とノイズがして、やがてボツッ、っと針の上がる音がした。続けてB面もかけるのか。他がいいな。あ、ジャケットを取ったからこれでおしまいのようだ。さて次は何をかけるのか。