今日


 今日のことについて書く。とは言っても、実際のところ今日はまだ始まっていないのだから、想像で書くことになってしまうが、それはそれで仕方がない。そういう日もある。

 朝方に地震があって電車のダイヤが大幅に乱れている。良い天気で春めいた陽気で、昨日の雪がすっかり溶けてしまった。

 そういえば、昨日あれほど雪が降ったことを今思い出した。せっかくなら、昨日の日記に書くべきだった。昨日の日記に雪について一言も触れられてないだけで、昨日の日記を昨日に書いてないことがバレバレであろう。昨日がそんな体たらくでは、今日などもっと見透かされてしまうはずだ。気を引き締めてかからねばならない。

 電車は混んでいた。肩と肩、背中と背中、腕同士、腰同士が、それぞれぴったりと密着し合って、コートの表面が逆撫でされて細かい毛羽立ちを生じさせ、革製品はその内側に湿度を蓄え、車内の内壁や窓ガラスはもはやサウナ風呂のように真っ白に曇って大粒の水滴がいくつもいくつも膨らんでは垂れた。

 そのときの時間は、8時17分だった。Bill Evans TrioがIn Love In Vainを演奏していて、その時間だけは、すし詰めの熱気地獄の劣悪な環境の車内が、まるで皆が、自ら好き好んでそこに集まり、互いに身体を密着させ合って、圧迫感に呻きながらも、うっとりと恍惚の表情をうかべつつ、車両とともにゆらゆらと顫動しながら、見知らぬ行く先に向かって、あらかじめ納得ずくで、どこまでもどこまでも運ばれ続けているかのようだった。じっと息を潜めて、事の次第をただ見やろうと、目だけをきょろきょろ動かす、運命にさからわないことの幸福にいつまでも浸っている家畜のようだった。