虫かご


 一階から三階までを繋ぐエスカレーターに乗って、昇りきると目の前にエントランスロビーが広がっている。窓際にソファーが向かい合わせに八つ並んでいる。奥にはエレベーターホールに続く自動ドアがあり、右手には商業施設用のテナントフロアへ繋がる通路があって、通路のすぐ右脇にはコンビニエンスストアの看板が光っている。そして、後はなにもない。がらんとした広大な空間だけで、要するに無駄に広大な空間で、ビルの真四角な箱の内側の、人間のサイズとまったくそぐわないような、計算も何もない単なる空虚の中にいるようで、ただひたすら真上を見上げながら、僕は背伸びをしたり、両腕を絡ませて肩周りをぐるぐると回してみたり、大きく呼吸をしてから続けざまに出ようとする生あくびを噛み殺したりしている。たとえば虫かごにしても、捕まえた昆虫の大きさを考えて、それなりのサイズをちゃんと選んで、中に土を入れたりおがくずを敷いたり、木の枝を横にして置いてみたり、きゅうりなどを小さく切ってしかるべき箇所に配置してみたり、そのくらいの工夫はするものだと思うが、ビルの吹き抜け空間は、虫かごとしてはあまりにも大きすぎるし、掴まるところもなければ食べたり寝たり遊んだりできるような取っ掛かりもない。これでは、広すぎて、羽根を広げて飛んだら最後、どこにも降りることができずに空中で死に行くばかりだ。まるで、広すぎる牢屋のようではないか。昆虫が虫かごに入ってるというか、巨大なだけで何の変哲もない段ボール箱をさかさまにした中に入れられているようなものだ。広すぎるというのは、手も足もどこにも接しないとなると、狭すぎるのと一緒のことだ。そんな場所に閉じ込められていたら、何もする事がなく退屈してきて、そのうち飛び回るのにも疲れてしまい、それでもどこにも、羽根を休めることのできる止まり木のひとつさえ見つけられず、そのまま意識を失い、遂にはエスカレーターで一階へ降りることさえ出来ずに、ロビーの床にぽとりと落ちて、仰向けになって足を八方に向けた状態のままで、冷たくなっているより他ないはずだ。