階段の下から、誰か上がってくる。子供くらいの背丈の、つるっとした白いお面をかぶって、こちらを目指して上がってくるものがいた。もう、すぐ傍にいた。目の前にいた。ははあ、これが、幽霊ですね。ついに幽霊を見た。というか、実際に会った。今までありえないと思っていたことが、ありえてしまった瞬間なのか。今が?


いやいや、まだ違う。よくわからないのだが、でも、恐ろしい。あっという間に、鋼のような恐怖が立ち昇ってきて、凄まじいスピードで外から悪寒に取り巻かれて、がちがちに身体をこわばらせて、恐ろしくて、何も見えず、事態を確かめることもできず、冷静さは思わず笑いがこみあげるほど瞬時に蒸発した。下手な芸人のコントみたいな無様さで、がくがくと足が勝手に動いて、つんのめるような勢いでその場から逃げた。今来たばかりの、鉄製のドアの前で、後ろを振り向いてみる余裕もなく、全身を、硬い緊張が貫いていて、自分の身体が、大きな不安の入った柔らかい容器のように頼りなくて、今にも何か巨大なものに圧し掛かられるのではないかというどす黒い不安を必死に振り解きながら、冷静に、落ち着いて、ぐっと力を込めてドアノブを引いて、細く開いたすき間の向こうに身体を滑り込ませた。暖かい空気に包まれて、安堵が広がる。元の明るい体育館に戻った。電気が付いていて、昼間のように明るい。後ろ手でドアを、背中でぐっと体重をかけて閉めた。逃げたのだ。助かった。幽霊はもう、この鉄のドアの向こうだけにしかいない。これでいいのだ。幽霊には蓋をしておけばいいのだ。でもドアのノブから手を離す気にならない。話したらすぐに、またこちらへ来そうだ。来たら困る。でもずっとこうしているわけにも行かないので、誰かを電話で呼ぶか。でも余計なことをすると、また変なことになりそうだしなあ。もし母親なんか呼んだら、またあれが、急に、変なものになりそうな気がしてならない。