連日寒い。とくに夜が、容赦のない本物の寒さという感じだ。空気の感触に遊びがないというか、厳しさそのもので肌に触れてくるというか、でもその容赦なさのなかに、何か完成度の高さへの満足感がともなうような、かすかな快適を感じなくもないというか、寒さが厳しければ厳しいほど、現実らしさが明確な空間内に存在する事ができているという妙な自足がある。おそらくその程度の程よい厳しさなのだろうとも言える。巨大な無慈悲さとか、残酷さとか、痛みとか、それらを自然の厳しさのほんの一片として、認識するべく区切ることができた、それを見ることができたと言って、よろこぶ。大昔の人は暖房もない時代に、今では考えられないような寒気に身体を晒しつつ、しかしやはり、同じようにそれを寒さの一片だと思って楽しんでいたはずではないか。そういう感覚は今も昔も、実際あまり変わらないはず。冬のなかに、鑑賞用に切り取ることができる寒さというものがあるのだろうか。