夜明け前

朝の五時半に家を出たら、外はまだ真っ暗だった。何か、心が重く塞いだ。こんな暗い夜を、久しく見てなかったと思う。そんなことないだろう、いつも夜遅くに帰宅するくせに。そう思うのだが、これはいつもの夜よりも、さらにもう一階層か二階層ほど深くて暗いと感じる。田舎や山中の暗闇とまでは言わないけど、それに通じる、それを彷彿させるものがある。街灯や建物の照明などが、時間帯によって少し落とされるとか、そんなことがあるのか単なる勘違いなのかわからない。しかしなにしろこれは、寂しさ、不安さ、怖さ、心細さをしっかりとたたえた暗さだ。しかもけっこう寒いのだ。寒さそれ自体にネガティブさは感じない、身体的な厳しさは感じるけど寒さはただの寒さだ。しかしこの暗さは、それとは別だ。十一月下旬の朝五時半はいつもこうなのか。そんなことはないだろう。もっと明るかったり暗かったり寒かったりするのじゃないか。若いころ夜勤のバイトしてたこともあった。あのときの冬の夜明け前をそんな風に思ったことなど一度もなかった。今朝のこれは、何かもうちょっと違って、こちらの気分にぶしつけな冷たさでじかに触れてくるような感じなのだ。

にもかかわらず、駅前までくれば、コンビニは明々と営業しているし、吉野家の店内には数人が食事してるし、派出所では警官が二人立ち話してるし、駅前は連休初日を今から終えようとする人たちでそれなりに賑わっている。電車の座席もそれなりに人で埋まっていて、これでおそらく休日の早朝としては何の変哲もないのだ。でもまだ空は暗闇のままで、この夜がもうまもなく終わるとは信じがたいので、席に座った自分はただじっと黙って目をつぶって、電車の動き出すのを待つだけだ。早朝の電車に乗るといつにも増して強制移送される者の心が我が身に少し憑依する。

それから十五分くらい経って、乗換駅のホームでいつもと同じような朝になっていたし、さっきまでの気分を忘れた自分は、すでにそのことに気づいてない。会社に着いたのは七時過ぎで、作業が完了して会社を出たのは十時半頃だった。どこかで一杯飲みたいと思ったが、駅前の店はどこも軒並みまだランチタイムさえ始まってないのだった。