予約


東京駅の八重洲中央口改札で待ち合わせた。
その場で店に電話して二席確保できたので、八重洲地下街を端まで歩いて階段を上って地上に出る。
外は猛烈な雨。土砂降りと言っていい勢いである。
小さな頼りない折り畳み傘を頭上にかざしながら早足で歩く。
靴やスラックスに容赦なく雨水が浸み込む。
十分ほど歩いて、ようやく店の前に来た。入り口の前で傘を畳んで、ああやれやれと二人顔を見合わせていたら、店の人が出てきた。
「さっき電話したのですが。」と告げたら
「お電話?先ほどですか?」と戸惑った声。
「はい。…十五分くらい前なんですけど…。」
「そうですか…。確認しますので、ちょっとお待ちくださいね。」
店の人、一旦引っ込む。
僕は、あわてて電話を確認する。すぐ事態が判明する。
・・・ここじゃない、店が違うよ。
「すいません間違えました、ここじゃなかったです、失礼しました。」再度出てきた店の人に告げる。
「あ、そうでしたか…それはそれは、では…お気をつけて…。」
店の人の曖昧な笑顔に送り出されて、また雨の中を歩き出す。

連れがぼやく。
「ひどい、こんな雨の中、完全に無駄足じゃないですか…。単なる食前の運動じゃないですか。」
ほんとうはもっと文句言いたいだろうけど、僕が一応先輩ということになるので、かわいそうにこれ以上あまり強く言えないのだ。
じつに気の毒だ。もし立場が逆で、僕がこんな目に合わされたら、たぶん怒涛の如く怒って愚痴の散弾を浴びせるのは間違いない。
「ひどいねえ、これは最悪の展開だねえ、しかし君も、運の悪い男だねえ」
と薄笑いで同情の意を表す。
それにしても、自分も本当にヤキがまわった。こんな失敗はじめてだ。ひどいな。心身共に崩壊の過程にあることをまざまざと実感するな。
不幸中の幸いだったのは、間違えた店と実際に電話した店がどちらも東京駅の圏内だったことで、まるで別の場所にある店だったらキャンセルせざるを得ないが、それをしないで済みそうなことだ。
「その店って、どこです?」と連れ。
「東京駅からすぐだよ。今思い出した。何度か店の前を通ったことあるじゃん、知ってるでしょ?なんとなく名前が似てるんだよね。」
「あそこですか?名前ぜんぜん似てないじゃないですか。一文字も合ってないですよ。」
「声に出して言うと、なんとなく同じ感じするじゃん。」
「ありえませんよ。しかも東京駅だけど丸の内の方じゃないですか。ぜんぜん反対側ですよ。」
「でも予約時間からさほど遅れずに到着しそうだね。しかも、そろそろ雨もやみそうだし。」
「俺、東京駅着いてまず最初に丸の内口側に歩いて、そこでトイレに寄って、そしたら坂中さんが八重洲口に来いっていうから、歩いてそこまで行って、それでさっきの店まで歩いて、結局また丸の内口に戻ってますからね。」
「消費エネルギー確保するのって難しいからね。そのくらいの運動って貴重だと思うよ。」

雨は上がったようで、傘を畳んで早足で歩く我々の前方にようやく店の灯りが見えてきた。