効能

大江健三郎の作品を読んでいると、その文体をとても独特で奇妙なものだと思うが、それでもすでに刊行から数十年を経た今読んでも、風化した感はまったくない。書かれている出来事が、まず出来事の大まかなイメージから掘り起こして書かれているのではなく、一行一句が最初から書かれているという感じがする。大まかなイメージとしての「書きたいこと」を、手持ちの言葉で埋めていくような方法ではなくて、単純で即物的に「書きたいこと」があるのを次々とつらねていくから、いつまでも言葉の効能が有効に保たれるのだろう。イメージというのは時間に風化しやすく、たぶん予想以上にすぐダメになってしまう、そういった大まかで脆弱な枠組みを支える役割ではない、単なる物質的な言葉で構築されている。むしろ、当時このような姿ではなかった、もっと無防備に夢見がちだったであろう過去の無数の言葉たちが、そのときにどんな様子でどんなイメージを思い浮かべていたのかを、自分なりに想像してみたくなる。