町田

小田急線沿線はほとんどなじみがない。自分らの生活といっさい縁がないという印象をもつ。でもよく考えると、自分の最寄り駅は千代田線なので、小田急線とは直通運転しているのだ。でもふだんそんなことは全く忘れているので、小田急線ならどこで乗り換えてどういう経路で行くのかを、つい確かめてしまう。

玉川学園前駅を降りて見渡すと、地面の勾配がはっきりと目に見えて、この土地が、自分らの住む足立区や葛飾区とは根本的に違う場所だというのが実感される。我々は時間があると、好んでそういう場所にばかり行こうとする傾向があるとも思う。

これが一般道かと思うほど急な上り坂をのぼる。左右には住宅が立ち並んでいて、ここの住人にとってこの坂の上り下りが当たり前のように日常生活に組み込まれている、その感覚がすごいと思う。坂をのぼり切った高台には大きくて高級感のある家々が立ち並んでいて、その先に誰もいない昭和薬科大学のキャンパスがあらわれる。とても広々とした無人の運動場があって、大学院の入場門から先は雑木林の深まりしか見えず、その向こうに校舎があるのか見る限り定かではない。山の生活、坂の土地だなと思う。上り下りと見下ろすこと見渡すことが、生活の意識の何割かを占めている。それが有ることと無いことの感覚の違い。

かしの木山自然公園は思いのほか自然そのままの、荒々しい山の姿があからさまになった公園で、さほど広くはない敷地だけど一周するのはかなり体力を使う。歩いていると、ドングリが落下する音があちらこちらから頻繁に聴こえてくる。やけに渇いた音で周囲へ反響をともなって鳴るので、まるで天然のパーカッション演奏が緩慢に続いているかのようだ。しかし、そこまで大掛かりな散歩ではないと予想していたのだが、これなら軽食と飲み物でも持参すれば良かった。見晴らしの良い高台のベンチで一服したらかなり快適だったに違いない。

日野や八王子や町田あるいは三浦半島の半ばとか青梅や飯能など、こうした自然そのものを活かした公園というのは、自分らの住む足立区や葛飾区にはありえない。我々の住んでる場所とはいわば川っぺりで、近所にある公園というのは、大雑把に言えば、広がる湿地を整備した平面に過ぎない。もちろんそれはそれで、公園としては良いのだが。

かしの木山自然公園を出て、しばらく歩いて芹ヶ谷公園も経由しつつ、町田駅まで。途中、恩田川という川に沿って歩く。コンクリートで舗装整備された、ただの人工川という風情ではあるのだけど、水の流れがときに勢いよく飛沫を立てながらも川底までくっきり見えるほどの透明感で、晴れ渡った空の光を受けた新品のキズ一つないガラスみたいで、突き立った小岩に跳ね返る飛沫の白さも眩しかったので、ずっと川を見下ろしながら歩いた。一羽のサギがあてもなく川面を彷徨っていたけど、あれだけ澄んだ水では、啄めるものを探すにも一苦労ではないかと思った。

川を過ぎて、少しずつ街並みが変わってきたと思ったら、芹ヶ谷公園や町田駅はまるで下北沢とか吉祥寺の公園や駅前のように車や人が溢れかえっていて、それまでほとんど人とすれ違わない閑散とした印象ばかりだったこととの落差がすごかった。山道を歩いてると、居酒屋のやってる道を歩きたいなあ…と思うし、居酒屋のある道を歩くと、騒がしくて落ち着かないなあ…と思っている。

ちなみに、町田のことを、つい町屋と言ってしまう。